女子高生コンクリート詰め殺人事件 通称: 綾瀬コンクリート事件

結末 1991年7月、東京高裁が主犯格の少年を懲役20年とし、ほか3人の不定期刑などとあわせ1992年までに全員の実刑が確定

発生日 1989年3月29日(平成元年) 1989年(平成元年)の事件 / 3月29日に起きた事件
経過 発生から37年7か月
発生場所 東京都 江東区(遺体発見場所)/足立区綾瀬(監禁場所)
種別 誘拐・監禁
状態 判決確定
被害 死者 1人  負傷者 0人
1988年(昭和63年)11月25日、埼玉県三郷市で帰宅途中の女子高校生(当時17歳)が面識のない不良少年グループに拉致され、東京都足立区綾瀬にある少年の1人の自宅で約40日間にわたり監禁されたうえ、暴行・性的暴行を受け続け、1989年(昭和64年)1月4日に死亡した事件。少年らは遺体をドラム缶に入れてコンクリートを流し込み、東京都江東区内の埋立地に遺棄した。別の強姦事件などで逮捕されていた少年らの自供により、1989年(平成元年)3月29日に遺体が発見されて発覚した。少年4人が起訴され、1991年の東京高等裁判所判決で主犯格の少年は懲役20年、ほかの3人は懲役5年以上10年以下などの不定期刑とされ、全員の実刑が確定した。犯行の凶悪性と加害者が少年であったことから、少年法における実名報道や量刑のあり方をめぐる議論を長年にわたり喚起し続けている。
女子高生コンクリート詰め殺人事件を象徴する概念イラスト
※イメージ画像(生成AIによる概念イラストであり、実際の現場・関係者を写したものではありません)

事件の経過

1988年11月25日夕方、埼玉県三郷市戸ケ崎で、アルバイト先から自転車で帰宅途中だった当時17歳の女子高校生が、強姦目的で女性を物色していた不良少年グループに拉致された。少年らと少女に面識はなかった。少女は東京都足立区綾瀬にある少年の1人(のちの被告人C)の自宅の居室に連れ込まれ、以後約40日間にわたって監禁された。監禁期間中、少女は複数の少年から暴行や性的暴行を繰り返し受け、健康状態は急速に悪化していった。この家には少年の両親も住んでいたが、監禁の事実は長期間にわたり外部に発覚しなかった。1989年1月4日、少年らは少女に長時間の激しい暴行を加え、少女は死亡した。控訴審判決は、少年らが暴行の途中から未必の殺意を抱いたと認定している。

発覚と裁判の経過

少年らは少女の遺体をドラム缶に入れ、コンクリートを流し込んで固めたうえ、東京都江東区内の埋立地に遺棄した。事件が発覚したのは1989年3月、別の婦女暴行事件などですでに逮捕されていた少年らが、取り調べの中で本件への関与を自供したことがきっかけだった。3月29日、供述に基づいて埋立地が捜索され、ドラム缶の中から遺体が発見された。翌30日に殺人と死体遺棄の容疑で逮捕が始まり、少年4人が起訴された。 1990年7月19日、東京地方裁判所は主犯格の少年Aに懲役17年(求刑は無期懲役)、少年Bに懲役5年以上10年以下、少年Cに懲役4年以上6年以下、少年Dに懲役3年以上4年以下を言い渡した。検察側は量刑が軽すぎるとして控訴し、1991年7月12日、東京高等裁判所はA・C・Dについて一審判決を破棄して、Aを懲役20年、Cを懲役5年以上9年以下、Dを懲役5年以上7年以下とし、Bについては控訴を棄却した。A・B・Cと検察は上告せず、3人の刑が確定した。Dのみが上告したが、1992年に最高裁判所が上告を棄却し、刑が確定した。犯行時に少年であったことから、実名は当時報道されなかった。

社会への影響とその後

本件は、犯行の凶悪性・悪質性の高さと、加害者が少年法の保護対象である未成年であったことのギャップから、少年事件における実名報道や量刑のあり方をめぐる社会的議論を長年にわたり喚起し続けている事件である。加害少年のうち複数人が、服役を終えて社会復帰した後に再び事件を起こしている。そのうちの一人は2018年8月、埼玉県川口市内の路上で通行人の男性を警棒やナイフで襲い、殺人未遂の疑いで逮捕された。2019年に懲役1年6月・保護観察付き執行猶予3年の判決を受けている。また別の一人は、2004年に逮捕監禁致傷事件を起こして懲役4年の実刑判決を受け、2022年に51歳で亡くなっている。少年犯罪における更生と再犯防止のあり方を問い直す事例として、本件はその後も繰り返し取り上げられている。

審理・経過の流れ

  1. 事件・事故 1988年11月25日
  2. 逮捕 1989年3月 +96日
  3. 公判 1990年7月19日 +505日
  4. 判決 1991年7月12日 +358日

経過

  1. 1988年11月25日
    昭和63年

    事件・事故 女子高生を拉致し監禁を開始

    強姦目的で女性を物色していた不良少年グループが、帰宅途中の女子高生を拉致し、少年の1人の自宅に監禁した。

  2. 1989年1月4日
    昭和64年

    その他 監禁先で死亡

  3. 1989年3月
    平成元年

    逮捕 別の事件で逮捕されていた少年らが本件への関与を自供

    婦女暴行やひったくりの容疑で逮捕されていた少年らの自供により事件が発覚した。

  4. 1989年3月29日
    平成元年

    その他 埋立地のドラム缶から遺体が発見される

    少年らの供述に基づく捜索で事件の全容が判明した。

  5. 1990年7月19日
    平成2年

    公判 東京地方裁判所が一審判決

    主犯格の少年に懲役17年(求刑・無期懲役)、ほかの3人に不定期刑を言い渡した。

    東京地方裁判所

  6. 1991年7月12日
    平成3年

    判決 東京高等裁判所が控訴審判決

    3人について一審判決を破棄し、主犯格の少年を懲役20年とするなど刑を重くした。1人は控訴棄却。3人は上告せず確定、残る1人も1992年に上告棄却で確定した。

    東京高等裁判所

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「女子高生コンクリート詰め殺人事件」事件JP、2026年10月31日閲覧。https://jiken.jp/cases/1989-concrete-encased-murder/

更新履歴

  • 2026年9月29日 事実精度監査:「共犯の少年に無期懲役」の誤りを訂正(無期懲役の判決はない)、各被告人の一審・控訴審の量刑と確定の経過を判決文に基づき修正、監禁場所と被害者との面識の有無を訂正
  • 2026年7月16日 初版公開

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