岩手県種市町妻子5人殺害事件

発生日 1989年8月9日(平成元年)
経過 発生から36年11か月
発生場所 岩手県 九戸郡種市町(現・洋野町種市)
種別 殺人
状態 終結
被害 死者 5人
1989年(平成元年)8月9日朝、岩手県九戸郡種市町(現・洋野町)の民家で、元漁船員の男が就寝中の妻子5人を殺害した事件。控訴審で死刑判決を受けたが、被告人が上告中に病死し、公訴棄却により裁判は終結した。

事件の経過

1989年8月9日朝、岩手県九戸郡種市町(現・洋野町種市)の民家で、当時42歳の元漁船員の男が、就寝中だった妻(当時37歳)と、長女(14歳)・長男(13歳)・次男(10歳)・三男(5歳)の子ども4人、あわせて5人を刃物で刺殺した。男は1987年ごろから漁船を下り定職に就かず、家計は妻の内職でかろうじて支えられていた。1988年には妻から「働きがない」と責められたことをきっかけに夫婦関係が悪化し、妻から離婚を求められていた。

捜査と裁判

男は事件後、自ら命を絶つことも考えたが決行できず、数日後に自ら警察に出頭し、一家5人の殺害を認めた。1990年11月、第一審の盛岡地方裁判所は無期懲役を言い渡したが、1992年6月、控訴審の仙台高等裁判所は一審判決を破棄し、死刑を言い渡した。男は上告したが、係属中の1992年10月に病死し、刑事訴訟法の規定により公訴が棄却され、裁判は判決の確定に至らないまま終結した。

その後

一家の生活苦と夫婦関係の悪化が背景にあったとされるこの事件は、家庭内の経済的困窮と家族間の軋轢が引き金となった凄惨な事件として、その後も取り上げられている。一審と控訴審とで量刑が無期懲役から死刑へと大きく変わった点も、裁判における量刑判断の難しさを示す事例として記憶されている。控訴審判決が言い渡された当時、事件現場の家屋は既に解体されており、地元では「あまり思い出したくない」という声が広がるなど、事件から時間を経てもなお地域に重い影を残した。判決が確定しないまま被告人が死亡したことで、遺族や地域社会にとっては事件の法的な決着がつかないまま時間だけが過ぎていくことになった。一家5人という多くの命が一度に失われた本件は、岩手県内でも記憶に残る惨事として、後年の犯罪報道でもたびたび言及されている。生活苦から家族に矛先が向かった本件は、経済的困窮が家庭内暴力・凶悪犯罪に発展するリスクを社会に示した事例としても位置づけられている。

審理・経過の流れ

  1. 事件・事故 1989年8月9日
  2. 判決 1990年11月 +449日
  3. 判決 1992年6月 +578日

経過

  1. 1989年8月9日
    平成元年

    事件・事故 妻子5人を殺害

  2. 1990年11月
    平成2年

    判決 盛岡地方裁判所が無期懲役を言い渡す

    盛岡地方裁判所

  3. 1992年6月
    平成4年

    判決 仙台高等裁判所が死刑を言い渡す

    一審判決を破棄し死刑を言い渡した。

    仙台高等裁判所

  4. 1992年10月
    平成4年

    その他 上告中に病死、公訴棄却

    判決の確定に至らないまま裁判が終結した。

出典・公的資料

一次資料 1件 判決文・白書・調査報告書・法令など、原典にあたれる資料を掲載しています。

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「岩手県種市町妻子5人殺害事件」事件データベース jiken.jp、2026年7月29日閲覧。https://jiken.jp/cases/1989-taneichi-family-murder/

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更新履歴

  • 2026年7月20日 初版公開

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