事件一覧
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昭和51年台風17号(徳島県の記録的豪雨)
1976年(昭和51年)9月、台風17号は九州の南西海上でほぼ停滞したまま前線を刺激し続け、9月8日から14日にかけて全国に長時間の大雨をもたらした。動きの遅さから「のろま台風」と呼ばれる。とりわけ徳島県那賀郡木頭村日早(現・那賀町)では総雨量2,781ミリという、日本の気象記録でも有数の降水量を観測した。徳島県内では死者10人・行方不明1人・負傷者14人の被害が生じている。全国の死者は161人、行方不明10人にのぼり、岐阜県では長良川の堤防が決壊して安八町が水没した。
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ロッキード事件
1976年2月、米上院チャーチ委員会でロッキード社による対日工作が発覚し、同年7月27日、東京地方検察庁特捜部は外国為替及び外国貿易管理法違反の容疑で田中角栄前首相を逮捕した。田中は全日空へのトライスター機売り込みに絡み丸紅を通じて5億円を受け取ったとされ、8月に受託収賄罪等で起訴された。1983年、東京地方裁判所は懲役4年の実刑判決を言い渡したが、田中は上告審係属中の1993年に死去し公訴棄却となった。共犯とされた秘書や丸紅側の被告については、1995年に最高裁判所で有罪が確定した。
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克美茂愛人殺害事件
1976年(昭和51年)5月、歌手の克美茂が交際していた女性を東京都港区のマンションで殺害し、遺体を羽田空港の駐車場に遺棄した事件。
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平安神宮放火事件
1976年(昭和51年)1月6日未明、京都市左京区の平安神宮で、新左翼活動家の男が内拝殿に放火し、本殿など主要な社殿が全焼した。祭神である桓武天皇の政治を批判する独自の主張が動機とされる。放火罪に問われた男の裁判では、社殿全体が一個の「現住建造物」に当たるかが争点となり、1989年7月14日に最高裁判所第三小法廷が上告を棄却し、現住建造物等放火罪の成立を認めて有罪が確定した。この判例は、複数の建物が渡り廊下等で接続された建造物の一体性を判断する基準を示した重要な先例として、刑法学で広く参照されている。
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佐賀女性7人連続殺人事件
1975年(昭和50年)から1989年(平成元年)にかけて、佐賀県杵島郡北方町(現・武雄市)を中心とする半径約20キロの範囲で、女性7人が相次いで行方不明となり遺体で発見された。多くが水曜日に失踪していたことから連続性が指摘された。2002年、最後の3件(北方事件)について男性1人が逮捕・起訴されたが、佐賀地方裁判所は2005年4月に無罪を言い渡し、2007年3月の福岡高等裁判所判決でも無罪が支持されて確定した。判決は物証の乏しさと、取調べで作成された上申書の証拠価値を否定している。7件はいずれも解決に至らないまま公訴時効を迎えた。
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クアラルンプール事件
1975年(昭和50年)8月4日、マレーシアの首都クアラルンプールで、日本赤軍のメンバー5人がアメリカ総領事館とスウェーデン大使館の入居するビルを襲撃・占拠し、総領事ら52人を人質に立てこもった事件。犯人グループは日本国内で勾留・服役中の活動家7人の釈放を要求し、日本政府は「超法規的措置」としてこれに応じた。占拠は8月8日、犯人グループがリビアへ出国・投降して終結し、人質は全員解放された。
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三菱重工爆破事件
1974年(昭和49年)8月30日、東京・丸の内の三菱重工業本社ビルで時限爆弾が爆発し、8人が死亡、376人が重軽傷を負った。過激派組織「東アジア反日武装戦線」による一連の企業爆破テロの一つで、主犯格には死刑判決が確定した。
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大洋デパート火災
熊本市の大洋デパートで発生した火災。死者104人を出し、日本のデパート火災として史上最悪の惨事となった。
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北陸トンネル火災事故
1972年(昭和47年)11月6日未明、福井県敦賀市の北陸本線・北陸トンネル内を走行中の急行「きたぐに」の食堂車から出火し、乗客約760人のうち30人が死亡、714人が負傷した。当時トンネル内には消火・排煙設備がなく、列車がトンネル内で緊急停車したことで被害が拡大した。運輸省の特別監査報告書は国鉄の責任を明確に指摘し、以後の鉄道車両の防火対策強化につながった。
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千日デパート火災
1972年(昭和47年)5月13日深夜、大阪市南区(現・中央区千日前)の千日デパートビルで火災が発生し、118人が死亡、81人が負傷した。戦後日本のビル火災として最悪の惨事となったが、出火原因は特定に至らず、逮捕された工事関係者も証拠不十分で不起訴となった。この火災を契機に、雑居ビルの防火・避難対策に関する法整備が進んだ。
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外務省秘密漏洩事件
1972年(昭和47年)4月4日、毎日新聞政治部記者の西山太吉が、1971年の沖縄返還協定に伴う日米間の密約(米軍施設の原状回復補償費の日本側肩代わり)を示す外務省の極秘電信文案を、外務省の女性事務官から入手し社会党議員に渡して国会で暴露させたとして、事務官とともに国家公務員法違反(秘密漏示のそそのかし・守秘義務違反)容疑で逮捕された事件。東京地裁は西山を無罪としたが、東京高裁で逆転有罪となり、1978年5月31日の最高裁判決で有罪が確定した。判決は取材の自由の重要性自体は認めつつ、取材の手段が著しく反社会的な場合には違法性を帯びるとの基準を示し、国家秘密と国民の「知る権利」をめぐる代表的判例となった。
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八丈島東方沖地震
1972年(昭和47年)2月29日午後6時23分頃、八丈島東方沖を震源とするマグニチュード7.0の地震が発生し、八丈町で震度5を観測した。崖崩れや落石、水道管の破損により約2000戸が断水するなどの被害が出た。同年12月4日にも同じ震源域でマグニチュード7.2の地震が発生しており、あわせて研究対象とされている。
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新宿クリスマスツリー爆弾事件
1971年(昭和46年)12月24日午後7時過ぎ、東京都新宿区新宿三丁目の警視庁四谷警察署追分派出所付近で、クリスマスツリーに偽装した手製爆弾が爆発した事件。臨場した警察官が重傷を負ったほか、通行人7人が重軽傷を負った。新左翼系グループによる犯行で、民間人を巻き込む無差別テロとして警視庁が異例の警戒態勢をとる契機となった。
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朝霞自衛官殺害事件
1971年(昭和46年)8月21日夜、埼玉県朝霞市の陸上自衛隊朝霞駐屯地で、警備任務中の自衛官・一場哲雄士長(当時21歳)が、新左翼グループ「赤衛軍」を名乗る学生らに襲撃され殺害された事件。犯人グループは幹部自衛官の制服を着用して駐屯地に侵入したとされる。
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全日空機雫石衝突事故
1971年7月30日、東京発千歳行きの全日空58便(ボーイング727型機)と航空自衛隊のF-86F訓練機が岩手県岩手郡雫石町上空で空中衝突した。自衛隊機の搭乗員2人はパラシュートで脱出したが、全日空機は空中分解し、乗客乗員162人全員が死亡した。事故調査の結果、自衛隊機が訓練空域を逸脱していたことが主因と認定され、訓練を指導した教官の刑事責任が問われた。
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ばんだい号墜落事故
1971年(昭和46年)7月3日夕、東亜国内航空63便「ばんだい号」(YS-11型機)が札幌から函館へ向け飛行中、函館市の横津岳付近に墜落し、乗員乗客68人全員が死亡した。運輸省の事故調査委員会は、操縦者の位置誤認と強風による飛行経路のずれを事故原因と推定した。
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三島由紀夫事件
1970年(昭和45年)11月25日、作家・三島由紀夫が自ら主宰する民兵組織「楯の会」のメンバー4人とともに陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地(東京都新宿区)を訪れ、東部方面総監を人質に取って自衛隊員に決起を呼びかけたのち、割腹自殺した事件。三島と会員1人が死亡し、他の会員3人は逮捕された。戦後日本を代表する作家による衝撃的な最期として、国内外に大きな衝撃を与えた。
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瀬戸内シージャック事件
1970年(昭和45年)5月12日、広島港に停泊中の旅客船がライフル銃を持った男に乗っ取られ、乗客・乗員が人質となった事件。船は瀬戸内海を航行した末、翌日、投降を拒んだ男が警察官に射殺されて終結した。
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天六ガス爆発事故
1970年(昭和45年)4月8日、大阪市大淀区(現・北区)の大阪市営地下鉄谷町線延長工事現場で都市ガス管の継手が抜け、漏洩したガスに引火して爆発が発生した。大阪万博開催中に起きた戦後最大級の都市型災害で、死者79人、重軽傷者420人を出し、施工業者や大阪市交通局の職員が刑事責任を問われた。
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よど号ハイジャック事件
1970年(昭和45年)3月31日、日本航空351便「よど号」が、共産主義者同盟赤軍派を名乗る9人にハイジャックされた。犯人グループは福岡空港・ソウルの金浦国際空港を経由したのち、北朝鮮の平壌に着陸し、そのまま亡命した。運輸政務次官が人質の身代わりとして同行し全乗客が解放された、日本初のハイジャック事件である。
出典: https://jiken.jp/cases/?page=14(2026-09-15 取得)/ 事件JP