災害の事件
種別「災害」の事件を発生日の新しい順に掲載しています。
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三宅島噴火(2000年)
2000年(平成12年)6月末から活動を再開した三宅島(東京都三宅村)の雄山は、8月18日に大規模な噴火を起こして噴煙が高度1万5000メートルに達し、8月29日には低温の火砕流が発生した。噴煙や火山ガスの放出が続いたため、同年9月1日、全島民に島外への避難指示が出され、避難生活は約4年5か月に及んだ。
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平成11年6月豪雨
1999年(平成11年)6月29日、梅雨前線の影響で広島県を中心に猛烈な集中豪雨が発生し、土石流やがけ崩れが相次いだ。広島県内で死者31人・行方不明者1人の被害を出し、都市近郊の新興住宅地が土砂災害に襲われる「都市型土砂災害」として注目された。この災害を契機に、土砂災害防止法が翌2000年に制定された。
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平成10年8月末豪雨
1998年(平成10年)8月26日から31日にかけて、前線と台風4号の影響で関東・東北地方に記録的な豪雨が降り、栃木県那須町では8月27日の日降水量が607ミリに達した。この豪雨により全国で死者・行方不明者22人、住宅全壊122棟の被害が出た。
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出水市針原地区土石流災害
1997年(平成9年)7月10日未明、鹿児島県出水市の針原地区で、梅雨前線による豪雨を受けて斜面が崩壊し、大規模な土石流が集落を襲った。19戸の住宅が押し流され、21人が死亡した。
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阪神・淡路大震災
1995年(平成7年)1月17日午前5時46分、淡路島北部を震源とするマグニチュード7.3の兵庫県南部地震が発生し、神戸市を中心に阪神地域と淡路島に甚大な被害をもたらした。死者6,434人、負傷者は4万人を超え、戦後の自然災害としては東日本大震災に次ぐ規模の犠牲者を出した。都市直下型地震における建物倒壊・火災・ライフライン途絶の脅威を突きつけ、その後の耐震基準や災害対応制度の見直しにつながった。
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北海道南西沖地震
1993年(平成5年)7月12日22時17分、北海道南西沖の日本海を震源とするマグニチュード7.8の地震が発生した。震源が島に極めて近かったため、発生から数分という短時間で奥尻島に大津波が到達し、青苗地区では津波と同時多発火災による被害が重なった。気象庁の集計では死者・行方不明者は230人(死者202人・行方不明28人)にのぼり、住家全壊577棟などの被害が生じた。
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雲仙普賢岳噴火災害(大火砕流)
1991年(平成3年)6月3日午後4時8分ごろ、長崎県島原市の雲仙普賢岳で大規模な火砕流が発生し、報道関係者や消防団員、警察官、住民ら死者40人・行方不明者3人の計43人が犠牲になった。避難勧告区域内での取材活動中に多くの報道関係者が巻き込まれたことから、火山災害時の警戒区域運用のあり方が問い直された。
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日本海中部地震
1983年(昭和58年)5月26日正午前、秋田県沖合の日本海を震源とするマグニチュード7.7の地震が発生した。地震とその後の津波により、秋田県・青森県を中心に104人が死亡(うち100人が津波によるもの)、324人が負傷した。遠足中だった秋田県の小学生ら13人が津波の犠牲になったことでも知られる。
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昭和57年7月豪雨
1982年7月23日夕方から翌24日未明にかけて、長崎県長崎市を中心に記録的な集中豪雨が発生した。長与町では1時間雨量187mmという当時の日本観測史上最高値を記録し、県内で土石流や崖崩れが多発した。死者・行方不明者は299人にのぼり、その多くが土砂災害によるものだった。この災害を機に気象庁は「記録的短時間大雨情報」の運用を開始した。
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昭和28年7月南紀豪雨
1953年7月17日深夜から18日朝にかけ、梅雨前線の停滞により和歌山県北部・中部の山間部で24時間降水量が500mmを超える豪雨となった。有田川・日高川など県内の河川が氾濫・決壊し、有田川上流の花園村では大規模な地すべりで集落が被害を受けた。気象庁の災害調査報告によれば死者713人・行方不明411人・負傷者5,819人にのぼり、当時の県人口の約4分の1が被災した。
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キティ台風
1949年(昭和24年)8月31日、台風10号(キティ台風)が神奈川県小田原市付近に上陸し関東地方を縦断した。暴風・大雨・高潮により死者135人、行方不明者25人にのぼり、戦後復興途上の首都圏に大きな被害をもたらした。
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阪神大水害
1938年(昭和13年)7月3日から5日にかけて、梅雨前線による豪雨が六甲山系一帯を襲い、神戸市を中心に大規模な土石流・浸水被害が発生した。神戸市だけで616人が死亡するなど、兵庫県内の死者・行方不明者は600人を超え、住宅の損壊・浸水は21万戸以上に及んだ。
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関東大震災
1923年(大正12年)9月1日午前11時58分、神奈川県西部を震源とするマグニチュード7.9の地震(大正関東地震)が発生し、東京・横浜を中心に関東地方南部に壊滅的な被害をもたらした。昼食時と重なったことで火災が同時多発し、特に東京の下町では火災旋風により多数の犠牲者を出した。死者・行方不明者は推定10万5千人余にのぼり、日本の自然災害史上最大級の被害となった。9月1日は「防災の日」に定められている。
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別子大水害
1899年(明治32年)8月28日、愛媛県の別子銅山を襲った台風による集中豪雨で大規模な土石流が発生し、山中だけで513人が死亡した。鉱山開発に伴う森林伐採・煙害による山地の荒廃が被害を拡大させた典型例とされる。