三宅島噴火(2000年)
| 発生日 | 2000年8月18日(平成12年) |
|---|---|
| 経過 | 発生から25年11か月 |
| 発生場所 | 東京都 三宅村(三宅島) |
| 種別 | 災害 |
| 状態 | 終結 |
2000年(平成12年)6月末から活動を再開した三宅島(東京都三宅村)の雄山は、8月18日に大規模な噴火を起こして噴煙が高度1万5000メートルに達し、8月29日には低温の火砕流が発生した。噴煙や火山ガスの放出が続いたため、同年9月1日、全島民に島外への避難指示が出され、避難生活は約4年5か月に及んだ。
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噴火の経過
東京都三宅村の三宅島にある雄山は、2000年6月26日ごろから地震活動と山体の膨張が観測され、火山活動が本格化した。7月8日には山頂で小規模な噴火が発生し、これに伴って山頂部が陥没を始め、陥没部は日を追うごとに拡大していった。8月18日夕方には、直径50センチの岩塊が3.5キロ先の道路まで飛ばされるほどの大規模な噴火が発生し、噴煙は高度1万5000メートルに達した。8月29日早朝には、温度30度程度・時速10キロ以下という低温・低速の火砕流が発生し、山頂から北東側に約5キロ、南西側に約3キロにわたって流下した。
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全島避難とその後
8月下旬からは、噴煙とともに放出される二酸化硫黄などの火山ガスの量が増加し、住民の健康への影響が懸念される事態となった。このため東京都と三宅村は同年9月1日、全島民に島外への避難を指示し、9月2日から4日にかけて全島避難が完了した。避難生活は長期にわたり、火山ガスの放出が沈静化した後の2005年2月1日、一部地域を除いて避難指示が解除されるまで、実に4年5か月に及んだ。この間、住民は東京都内などでの避難生活を余儀なくされた。2005年2月2日、避難指示の一部解除を受けて帰島第一陣となる住民62人が島に戻り、同年9月時点での帰島世帯は全体の75.8パーセントにあたる1247世帯、帰島者数は2158人にのぼった。火山ガス濃度が基準値を超える区域は立ち入りが規制され、島内での生活にはガスマスクの携行が義務付けられるなど、帰島後も火山ガスと共存しながらの生活が続いた。長期の島外避難により事業や漁業・観光業の停止を余儀なくされた住民も多く、帰島後も客足や取引先が戻らず経営再建に苦しむ事業者が相次いだ。噴火に伴う直接の死者は出なかったものの、生活基盤や産業が長期間にわたり失われた点で、日本における長期避難型の火山災害の代表例となっている。全島避難という前例のない対応が円滑に進んだ背景には、住民の協力に加え、東京都や国、他の自治体からの継続的な支援体制があったことも指摘されており、大規模かつ長期にわたる島しょ部の防災対応のモデルケースとして、後の災害対応にも参照されている。
経過
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2000年8月18日
平成12年事件・事故 大規模な噴火が発生
噴煙が高度1万5000メートルに達する。
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2000年8月29日
平成12年その他 低温の火砕流が発生
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2000年9月1日
平成12年その他 全島民に島外避難指示
出典・公的資料
- その他
- 公的発表・広報
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「三宅島噴火(2000年)」事件データベース jiken.jp、2026年7月29日閲覧。https://jiken.jp/cases/2000-miyakejima-eruption/
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更新履歴
- 2026年7月17日 初版公開
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