事件一覧
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404 件が見つかりました
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磐光ホテル火災
1969年(昭和44年)2月5日午後9時10分頃、福島県郡山市熱海町の磐梯熱海温泉にあった「磐光ホテル」(磐光パラダイス)で火災が発生した。1階大広間で行われていた金粉ショーの小道具用ベンジンにストーブの火が引火し、増改築で複雑化した館内構造や避難設備の不備も重なって、宿泊客・従業員ら31人が死亡、41人が負傷する惨事となった。
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ぼりばあ丸沈没事故
1969年(昭和44年)1月5日午前11時27分、千葉県野島埼南東沖合の太平洋上で、鉄鉱石約5万3千トンを積んで航行中の大型鉱石運搬船「ぼりばあ丸」(総トン数3万7千トン余)が、船体中央部から折損して沈没した。乗組員34人のうち船長ほか30人が死亡、2人が負傷した。竣工から3年3か月余りの比較的新しい大型船が構造的な弱点により船体を折ったとみられ、横浜地方海難審判庁による約3年9か月に及ぶ審理の末、1972年に裁決が言い渡された。ばら積み貨物船の構造基準を見直す契機となった。
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三億円事件
1968年(昭和43年)12月10日、東京都府中市で白バイ警察官を装った男が現金輸送車を停止させ、東芝府中工場従業員のボーナス約2億9,430万円を積んだまま車ごと奪って逃走した強奪事件。犯人は特定されないまま1975年に公訴時効が成立し、戦後最大級の未解決事件として知られる。
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池之坊満月城火災
兵庫県神戸市の有馬温泉の旅館「池之坊満月城」で発生した火災。死者30人、負傷者44人を出した。
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新宿騒乱事件
1968年(昭和43年)10月21日、国際反戦デーに合わせて新宿駅に集結した新左翼党派の学生・活動家ら約2000人が駅構内に乱入し、電車への放火や信号機への投石を繰り返した事件。約2万人の野次馬も加わって騒乱状態となり、743人が検挙され、戦後初めて騒擾罪(現・騒乱罪)が適用された。
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永山則夫連続射殺事件
1968年(昭和43年)10月11日から11月5日にかけて、東京・京都・北海道・愛知の4都道府県で、警備員やタクシー運転手ら男性4人が拳銃で相次いで射殺された事件。犯人は事件当時19歳の少年で、在日米軍基地から盗んだ拳銃を使用していた。少年は翌1969年4月、東京都内で逮捕された。
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飛騨川バス転落事故
1968年(昭和43年)8月18日午前2時11分ごろ、岐阜県加茂郡白川町の国道41号飛水峡で、集中豪雨による土石流が観光バス2台を飛騨川へ押し落とした。乗員乗客107人のうち104人が死亡し、生存者は3人にとどまった。日本のバス事故として最大の犠牲者数である。名古屋方面から乗鞍岳へ向かっていたバス15台の車列が、進路の土砂崩れで引き返す途中の惨事だった。刑事責任は問われなかったが、国家賠償訴訟で名古屋高等裁判所は「全面的な人災」と認定し、国の賠償責任を認めた。この事故を機に、雨量に応じて道路を通行止めにする異常気象時通行規制の制度がつくられた。
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横須賀線電車爆破事件
1968年(昭和43年)6月16日、横須賀線の北鎌倉駅〜大船駅間を走行中の電車内で、網棚に置かれた荷物が爆発した事件。乗客1人が死亡、14人が重軽傷を負った。犯人は元交際相手への恨みを動機に犯行に及び、死刑が確定・執行された。
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イタイイタイ病
1968年(昭和43年)5月8日、厚生省は「イタイイタイ病の本態はカドミウムの慢性中毒による骨軟化症である」とする見解を発表し、日本で最初に公害病と認定された疾病となった。富山県の神通川下流域で大正期から発生していた原因不明の病で、患者は骨がもろくなって激痛を訴えた。原因は上流の三井金属鉱業神岡鉱業所(岐阜県)が排出したカドミウムで、汚染された川水と米を通じて住民の体内に取り込まれていた。1971年の富山地方裁判所判決、翌年の名古屋高等裁判所金沢支部判決はいずれも住民側の主張を認め、四大公害裁判のひとつとして公害行政を大きく動かした。
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えびの地震
1968年(昭和43年)2月21日午前10時44分、宮崎県えびの町(現・えびの市)を震央とするマグニチュード6.1の地震が発生した。えびの町真幸で震度6を観測し、宮崎・鹿児島・熊本の3県で死者3人、負傷者44人、住家全壊498戸の被害が生じた。同日午前8時51分にマグニチュード5.7の前震があり、翌22日にはマグニチュード5.6の最大余震が起きるなど、震度5以上の揺れが繰り返された。震源域は加久藤カルデラの内部にあたり、火山地帯特有の地震活動として研究の対象となった。シラスと呼ばれる火山噴出物の地盤が崩れやすく、被害を広げたことも特徴である。
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第一次羽田事件
1967年(昭和42年)10月8日、佐藤栄作首相の南ベトナム訪問阻止を掲げる学生ら約2500人が東京都大田区の羽田空港周辺で機動隊と衝突し、京都大学生の山﨑博昭(当時18歳)が死亡した事件。戦後の学生運動が実力闘争へと転じる象徴的な事件として、その後の運動に大きな影響を与えた。
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足和田災害
1966年(昭和41年)9月25日未明、台風26号による豪雨で、山梨県南都留郡足和田村(現・南都留郡富士河口湖町)の根場・西湖の両集落を土石流が襲った。西湖の北岸に並ぶ二つの集落は壊滅し、林業試験場の研究報告によれば死者・行方不明者は93名にのぼった。同じ日に台風24号と26号が相次いで本州に上陸するという異例の気象条件のもとで、山梨県全体では死者・行方不明者174名を数えている。生き残った住民は集落を離れて西湖の対岸へ集団移転し、根場の茅葺き集落は失われた。この災害は、予防治山と局所的な防災工事の必要性を強く認識させる契機となった。
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全日空羽田沖墜落事故
1966年(昭和41年)2月4日午後、全日空60便(ボーイング727型機)が千歳空港から羽田空港への飛行中、東京湾の羽田沖に墜落し、乗客乗員133人全員が死亡した。運輸省の事故調査団による調査が行われたが、原因は特定できず「不明」と結論づけられた。当時世界最悪の単独機事故となった。
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マリアナ海域漁船集団遭難事件
1965年(昭和40年)10月7日、マリアナ諸島アグリガン島沖で操業していた静岡県のカツオ釣り漁船団が、急速に発達した台風29号に直撃され、7隻が沈没した事件。死者1人・行方不明208人を出し、海上自衛隊が創設以来初めて海外への災害派遣を行う事態となった。
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少年ライフル魔事件
1965年(昭和40年)7月29日、神奈川県高座郡座間町で、当時18歳の少年が警察官を射殺して銃を奪い、東京都渋谷区の銃砲店に立てこもって警官隊と銃撃戦を繰り広げた。少年は逮捕され、1969年に死刑が確定、1972年に執行された。
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新潟水俣病(第二水俣病)確認
1965年(昭和40年)6月12日、新潟県阿賀野川下流域で有機水銀中毒による健康被害が公式に確認された。原因は昭和電工鹿瀬工場が排出したメチル水銀で、熊本の水俣病に次ぐ「第二水俣病」として社会問題化した。
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智行ちゃん誘拐殺人事件
1964年(昭和39年)12月21日、宮城県仙台市で、元映画俳優の男が5歳の男児を誘拐し、身代金を要求したうえで殺害した事件。男は身代金の受け渡し場所で同日中に現行犯逮捕された。第一審の仙台地方裁判所は無期懲役を言い渡したが、検察官の控訴を受けた仙台高等裁判所は原判決を破棄し死刑を言い渡した。被告側は上告したが、1968年(昭和43年)に最高裁判所が上告を棄却して死刑が確定し、1974年(昭和49年)に刑が執行された。芸能界出身者が死刑に処された数少ない事例として知られる。
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昭和電工川崎工場爆発事故
1964年(昭和39年)6月11日、神奈川県川崎市の昭和電工川崎工場で、漏洩した酸化プロピレンに引火して爆発が発生し、18人が死亡、117人が負傷した事故。犠牲者の多くは増設工事にあたっていた下請け労働者だった。
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三井三池炭鉱三川鉱炭じん爆発事故
1963年(昭和38年)11月9日、福岡県大牟田市の三井三池炭鉱三川坑で、坑内を暴走した石炭運搬用トロッコから出火し炭じんが爆発した。爆発そのものによる犠牲に加え、坑内に高濃度の一酸化炭素が長時間滞留したことで多数の坑員が中毒し、死者458人・一酸化炭素中毒患者839人にのぼる戦後最悪の炭鉱事故となった。
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西口彰事件
1963年(昭和38年)10月18日から12月にかけて、西口彰(当時40歳)が福岡・静岡・東京で5人を殺害した連続殺人事件。西口は瀬戸内海で投身自殺を偽装して逃走を続け、翌1964年1月3日、熊本県で逮捕された。この事件は佐木隆三の小説「復讐するは我にあり」のモデルとなった。
出典: https://jiken.jp/cases/?page=15(2026-09-15 取得)/ 事件JP