マリアナ海域漁船集団遭難事件

発生日 1965年10月7日(昭和40年)
経過 発生から60年9か月
発生場所 マリアナ諸島アグリガン島沖(静岡県のカツオ釣り漁船団が遭難)
種別 災害
状態 終結
被害 死者 209人
1965年(昭和40年)10月7日、マリアナ諸島アグリガン島沖で操業していた静岡県のカツオ釣り漁船団が、急速に発達した台風29号に直撃され、7隻が沈没した事件。死者1人・行方不明208人を出し、海上自衛隊が創設以来初めて海外への災害派遣を行う事態となった。
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事件の経過

1965年(昭和40年)10月、マリアナ諸島中部のアグリガン島沖合で、静岡県を母港とするカツオ釣り漁船団が操業していた。当時発生していた台風29号は10月6日時点では勢力が弱かったが、マリアナ諸島付近に達した頃から急速に発達し、7日午前3時には中心気圧914ヘクトパスカル、最大風速70メートル毎秒に達する猛烈な勢力となった。この急発達に対応できなかった漁船団は台風の直撃を受け、操業中だった7隻が相次いで沈没する事態となった。
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被害の規模とその後

この遭難事故により、死者1人、行方不明者208人という甚大な人的被害が生じた。当時マリアナ近海では、静岡県を母港とするカツオ・マグロ漁船団約40隻が操業しており、そのうち直撃を受けた7隻が沈没した。生還できたのはわずか2人で、そのうちの1人は暴風雨の中を36時間にわたり漂流し、波にのまれながらも九死に一生を得たとその後の取材で証言している。第二次世界大戦後の日本における漁船の集団遭難事故としては、1954年5月のメイストーム(低気圧)による北海道近海でのサケ・マス漁船集団遭難に次ぐ規模の惨事となった。事態を受け、海上自衛隊は創設以来初めてとなる海外への災害派遣を実施し、遭難海域での捜索救助活動にあたった。この事故は、遠洋漁業に従事する漁船が予測困難な台風の急発達によっていかに大きな危険にさらされるかを浮き彫りにし、その後の気象観測・台風予報体制の強化を求める声にもつながった。犠牲者の多くは静岡県内の遠洋漁業の拠点となる港町の出身で、一つの地域社会が一夜にして多数の働き手を失うという深刻な打撃を受けた。同様の集団遭難は戦後の日本近海で繰り返し発生しており、この事件は、気象衛星による観測体制がまだ発展途上だった時代における遠洋漁業の危険性を象徴する事故として記憶されている。日本初の実用気象衛星「ひまわり」の打ち上げは、この事故から12年後の1977年まで待たねばならず、台風の発達を宇宙から常時監視する体制が整うまでには、なお長い年月を要した。

経過

  1. 1965年10月7日
    昭和40年

    事件・事故 台風29号直撃によりカツオ漁船7隻が沈没

    死者1人・行方不明208人

出典・公的資料

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「マリアナ海域漁船集団遭難事件」事件データベース jiken.jp、2026年7月30日閲覧。https://jiken.jp/cases/1965-mariana-sea-fishing-boat-disaster/

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更新履歴

  • 2026年7月30日 初版公開

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