磐光ホテル火災

結末 1975年9月、福島地裁郡山支部で舞踊師の無罪が確定。ホテルの総務課長は別に禁錮2年・執行猶予2年の有罪判決を受けた

発生日 1969年2月5日(昭和44年) 1969年(昭和44年)の事件 / 2月5日に起きた事件
経過 発生から57年8か月 1975年9月4日の確定から51年1か月
発生場所 福島県 郡山市熱海町(磐梯熱海温泉)
種別 事故
状態 判決確定
被害 死者 31人  負傷者 41人
1969年(昭和44年)2月5日午後9時ごろ、福島県郡山市熱海町の磐梯熱海温泉にあった「磐光ホテル」で火災が発生した。1階大広間の舞台裏で、金粉ショーの小道具としてベンジンを染み込ませた松明が石油ストーブの火に引火し、非常口の施錠や火災報知器の停止、防火区画の不備も重なって、31人が死亡、41人が負傷する惨事となった(消防の記録では死者30人・負傷者35人)。
磐光ホテル火災を象徴する概念イラスト
※イメージ画像(生成AIによる概念イラストであり、実際の現場・関係者を写したものではありません)
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火災の発生

1969年2月5日午後9時ごろ(午後9時10分ごろとする資料もある)、福島県郡山市熱海町の磐梯熱海温泉にあった「磐光ホテル」の1階大広間の舞台裏の控室から出火した。当日は吹雪で娯楽施設「磐光パラダイス」の屋根の一部が壊れたため、ショーは急遽ホテル1階の大広間で行われていた。続く金粉ショーの準備をしていた舞踊師が、ベンジンを染み込ませた松明を暖房用の石油ストーブのそばに置いたところ引火し、舞台の緞帳から一気に燃え広がった。消防が火災を知ったのは午後9時15分で、火は翌6日午前3時30分ごろに鎮火したが、焼損面積は約1万5,511平方メートルに達した。
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磐光パラダイスという施設

磐光ホテルは、不動産会社の磐梯観光が1963年頃に買収した旅館を前身とし、1965年に鉄筋コンクリート4階建ての本館が完成した後、新館や別館、1968年5月には演芸・娯楽施設や食堂を備えたレジャー施設「磐光パラダイス」が次々に建設された。金粉ショーなどのショーを売り物にした大規模なホテルで、増築を重ねた結果、宿泊棟と娯楽棟が複雑に入り組んだ構造になっていた。

被害拡大の要因

火災当時、館内には団体客など約290〜295人がいた。舞踊師らは口で吹き消そうとしたが火勢はかえって強まり、消火器による消火も間に合わなかった。大広間の客が一斉に避難しようとしたが、非常口は施錠されており、まもなく全館が停電したため避難は困難を極めた。相次ぐ停電のため火災報知器のスイッチが切られていたこともあって、客室で寝ていて火災に気づかずに死亡した人もいた。内装に使われていた新建材が発する有毒ガスによって窒息死した人もいた。階段室に防火扉がなく防火シャッターも作動しないなど、防火区画が実質的に機能しなかったことも延焼を広げた。死者は31人、負傷者は41人とされる(消防の記録では死者30人、負傷者35人)。

裁判とその後

松明を石油ストーブのそばに置いた29歳の舞踊師は重失火と重過失致死傷の容疑で逮捕されたが、1975年9月4日に福島地方裁判所郡山支部で無罪判決を受け、確定した。一方、火災報知器が鳴らず非常口が開かない状態を放置していたとして、ホテルの総務課長には禁錮2年・執行猶予2年の有罪判決が言い渡された。焼け残ったホテルはすべて取り壊され、名古屋鉄道が買収して「磐梯グランドホテル」として再建し、1971年4月に営業を始めたが、2000年1月に閉館した。跡地には2018年、複合施設「ほっとあたみ」が建設されている。

被害者の内訳

火災当夜の宿泊客は、茨城県日立市の松下電器系列の販売会社に招待された団体客169人、国鉄石巻線の佳景山駅と日本交通公社石巻営業所が共催した旅行の団体客48人などだった。逃げ遅れた人の多くは、ホテル南側1階の階段下の売店付近やパラダイスの非常口付近で発見された。死者31人は、3か月前の池之坊満月城火災(死者30人)を上回り、1980年の川治プリンスホテル火災(死者45人)まで、宿泊施設の火災として日本で最多だった。ホテルに展示されていた土田麦僊の日本画なども焼失した。

同時代のホテル・旅館火災との比較

1960年代後半から1970年代にかけての日本では、1968年の有馬温泉池之坊満月城火災、1972年の千日デパート火災など、不特定多数が利用する旅館や複合施設での大規模火災が相次いだ。磐光ホテル火災はこれらと並び、増改築を重ねた建物と防火管理の不備が人的被害を拡大させた典型例として知られている。

審理・経過の流れ

  1. 事件・事故 1969年2月5日
  2. 判決 1975年9月4日 +2,402日

経過

  1. 1969年2月5日
    昭和44年

    事件・事故 磐光ホテルで火災が発生

    金粉ショーの小道具のベンジンに引火し、大規模火災となった。

  2. 1975年9月4日
    昭和50年

    判決 舞踊師に無罪判決(確定)

    松明を石油ストーブのそばに置いたとして起訴された舞踊師が無罪となった。

    福島地方裁判所郡山支部

出典・公的資料

一次資料 2件 判決文・白書・調査報告書・法令など、原典にあたれる資料を掲載しています。

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「磐光ホテル火災」事件JP、2026年10月27日閲覧。https://jiken.jp/cases/1969-bankou-hotel-fire/
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更新履歴

  • 2026年10月19日 年表の無罪判決の項から、時期の確認できない総務課長の判決の記述を外した
  • 2026年10月5日 ステータスを「終結」→「判決確定」に訂正(刑事裁判で判決が確定しているため。無罪確定を含む)
  • 2026年9月28日 千日デパート火災の年の誤り(1966→1972年)、建物構造・出火時間帯の誤りを訂正、裁判の結果を追記、消防の記録を一次資料として追加し出典のない記述を削除
  • 2026年8月19日 初版公開

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