智行ちゃん誘拐殺人事件 通称: 仙台幼児誘拐殺人事件
| 発生日 | 1964年12月21日(昭和39年) |
|---|---|
| 経過 | 発生から61年7か月 1968年1月1日の確定から58年6か月 |
| 発生場所 | 宮城県 仙台市 |
| 種別 | 誘拐・監禁 |
| 状態 | 判決確定 |
| 被害 | 死者 1人 負傷者 0人 |
1964年(昭和39年)12月21日、宮城県仙台市で、元映画俳優の男が5歳の男児を誘拐し、身代金を要求したうえで殺害した事件。男は身代金の受け渡し場所で同日中に現行犯逮捕された。第一審の仙台地方裁判所は無期懲役を言い渡したが、検察官の控訴を受けた仙台高等裁判所は原判決を破棄し死刑を言い渡した。被告側は上告したが、1968年(昭和43年)に最高裁判所が上告を棄却して死刑が確定し、1974年(昭和49年)に刑が執行された。芸能界出身者が死刑に処された数少ない事例として知られる。
事件の経過
1964年12月21日、仙台市内で通園先からの帰り道にあった5歳の男児が、乗用車で連れ去られた。犯人は元映画俳優の男で、二枚目俳優として銀幕デビューした経歴を持ち、当時は俳優業から離れていた。男は被害男児の家族に対し、身代金500万円を要求する電話をかけた。警察は身代金の受け渡し場所に捜査員を配置しており、男は同日中に身柄を拘束され、現行犯逮捕された。捜査の結果、男児はすでに殺害されていたことが判明した。当時の身代金目的誘拐事件としては犯行の全過程が比較的短期間で終結した事案であり、報道でも大きく取り上げられた。
裁判の経過
刑事裁判では、検察官が死刑を求刑したのに対し、第一審の仙台地方裁判所は1965年4月5日に無期懲役の判決を言い渡した。これを不服とした検察官が控訴した結果、仙台高等裁判所は原判決を破棄し、自ら死刑を言い渡す逆転判決を下した。被告側はこれを不服として最高裁判所に上告したが、1968年(昭和43年)に上告が棄却され、死刑判決が確定した。その後1974年7月5日、仙台拘置所において死刑が執行された。元俳優が死刑に処された事例として当時の芸能史・犯罪史の中でも特異な事件として記録されている。
犯人の経歴
犯人の男は1956年、21歳の頃に新東宝と専属契約を結び、天津七三郎の芸名で二枚目俳優としてデビューした。複数の映画に出演した経歴を持ち、事件を起こす2年前の1962年には、カンヌ国際映画祭で審査員特別賞を受賞した作品にも出演していた。しかし俳優としての活動は次第に減少しており、生活に困窮する中で本件の犯行に及んだとされる。俳優としての活動歴がある人物が死刑に処された事例は日本の犯罪史上でも数少なく、当時の芸能界に大きな衝撃を与えた。また、本件は誘拐発生から逮捕までが同日中に完結しており、当時の身代金目的誘拐事件としては異例の早さで身柄確保に至った事案でもある。判決が第一審と控訴審とで無期懲役から死刑へと大きく変わった点も、量刑をめぐる議論として後年まで取り上げられている。
経過
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1964年12月21日
昭和39年事件・事故 男児を誘拐し身代金を要求、殺害
通園先からの帰路で男児を連れ去り、身代金500万円を要求した。
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1964年12月21日
昭和39年逮捕 身代金受け渡し場所で現行犯逮捕
警察が配置していた受け渡し場所で身柄を確保した。
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1965年4月5日
昭和40年判決 仙台地方裁判所が無期懲役を言い渡し
検察官の死刑求刑に対し、一審は無期懲役とした。
仙台地方裁判所
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1968年
昭和43年判決 最高裁判所が上告を棄却し死刑が確定
検察官の控訴により仙台高等裁判所が原判決を破棄し死刑を言い渡した後、被告側の上告を最高裁判所が棄却した。
最高裁判所
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1974年7月5日
昭和49年その他 仙台拘置所で死刑執行
出典・公的資料
- その他
- その他
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「智行ちゃん誘拐殺人事件」事件データベース jiken.jp、2026年7月29日閲覧。https://jiken.jp/cases/1964-sendai-kidnapping-murder/
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更新履歴
- 2026年7月16日 初版公開
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