足和田災害 通称: 足和田土石流災害

発生日 1966年9月25日(昭和41年)
経過 発生から59年11か月
発生場所 山梨県 南都留郡足和田村 根場・西湖(現・南都留郡富士河口湖町)
種別 災害
状態 終結
被害 死者 93人
1966年(昭和41年)9月25日未明、台風26号による豪雨で、山梨県南都留郡足和田村(現・南都留郡富士河口湖町)の根場・西湖の両集落を土石流が襲った。西湖の北岸に並ぶ二つの集落は壊滅し、林業試験場の研究報告によれば死者・行方不明者は93名にのぼった。同じ日に台風24号と26号が相次いで本州に上陸するという異例の気象条件のもとで、山梨県全体では死者・行方不明者174名を数えている。生き残った住民は集落を離れて西湖の対岸へ集団移転し、根場の茅葺き集落は失われた。この災害は、予防治山と局所的な防災工事の必要性を強く認識させる契機となった。
足和田災害を象徴する概念イラスト
※イメージ画像(生成AIによる概念イラストであり、実際の現場・関係者を写したものではありません)
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二つの台風と記録的豪雨

1966年(昭和41年)9月、日本列島は異例の気象状況に置かれた。台風24号と台風26号が同じ9月25日に相次いで本州へ上陸したのである。台風26号は規模こそ中程度だったが移動速度が非常に速く、前線を刺激して短時間に激しい雨を降らせた。 山梨県では9月21日から25日までの総雨量が県北部で100〜150ミリ、県南部では350ミリ以上に達した。富士五湖周辺の船津では24日の日雨量が269.3ミリを記録している。この地点の過去16年間の日雨量の最大値は260.5ミリであり、それを上回る雨が降ったことになる。 さらに災害当日には、船津で最大時雨量82.2ミリ、上九一色村では1時間に100ミリという猛烈な雨が観測された。山の斜面が水を含みきったところに、短時間の集中豪雨が重なった。
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深夜の土石流

9月25日の未明、西湖の北岸に位置する足和田村の根場地区と西湖地区で、背後の山腹が崩れて土石流が発生した。二つの集落は湖と山に挟まれた狭い平地に家々が並ぶ地形で、逃げる方向が限られていた。 深夜であり、住民の多くは就寝中だった。土砂と流木を含んだ流れが茅葺きの家屋を押し流し、集落は一瞬のうちに埋まった。周辺は御坂山脈に属する山地で、崩れやすい地質が広がっている。 被災の規模は、山腹崩壊・がけ崩れ・土石流が同時多発したという点で激甚だった。当時の林業試験場が行った現地調査は、この一帯を局所的な予防治山の必要性を示す事例として詳しく記録している。

被害の状況

林業試験場の研究報告によれば、足和田村を中心とする地域の死者・行方不明者は93名に達した。根場地区で50人が死亡・13人が行方不明、西湖地区で31人が死亡し、合計を94人とする資料もある。集計の範囲や時点によって差があるため、本記事ではいずれか一方を断定しない。 台風26号による被害は山梨県全体に及んだ。県内の死者・行方不明者は174名で、そのうち富士吉田管内が95名を占めた。県内の犠牲者の過半数が、富士北麓のこの一帯に集中したことになる。 家屋の被害も甚大で、根場・西湖の両集落は集落としての形をとどめなかった。生活の場そのものが失われたため、復旧は建物を建て直すという次元の問題ではなくなった。

集落の消滅と集団移転

災害の後、生き残った住民は元の場所での再建を断念した。同じ斜面の下に住み続けることの危険が明らかだったためである。住民は西湖の対岸にあたる地区へ集団で移転し、新たな集落を築いた。 根場は、富士山麓に残る数少ない茅葺き民家の集落として知られていた。その景観は災害によって完全に失われた。土地の記憶をどう残すかという問題は長く残り、2006年(平成18年)になって、かつての集落を再現する事業が始まる。復元された茅葺き民家を並べた野外の展示施設「西湖いやしの里根場」がそれである。 災害によって失われた集落を、観光と学習の場として再現するという試みは、被災地の記憶の残し方のひとつの形を示している。

治山事業への影響

この災害を受けて、山地の崩壊を未然に防ぐ予防治山の重要性が改めて認識された。特に、集落の背後にある斜面という限られた範囲に対して、局所的な防災工事を行う必要性が指摘されている。 日本の山地災害対策は、大規模な砂防ダムのような広域の施設整備と、集落単位の局所的な工事の組み合わせで成り立つ。足和田の災害は、その後者の重要性を具体的な被害をもって示した事例だった。 富士山麓では、火山噴出物からなる崩れやすい地質と、急な斜面のすぐ下に集落が立地するという条件が重なる。現在も土砂災害警戒区域の指定と避難体制の整備が進められているが、深夜に短時間で発生する土石流にどう備えるかという問いは、この災害から60年近くを経てなお現実的な課題であり続けている。

経過

  1. 1966年9月25日
    昭和41年

    事件・事故 足和田村の根場・西湖両集落を土石流が襲う

    台風26号による豪雨で山腹が崩壊し、林業試験場の報告による死者・行方不明者は93名。

  2. 2006年
    平成18年

    その他 根場集落を復元する「西湖いやしの里根場」の整備が始まる

    茅葺き民家を再現した野外施設として、失われた集落の景観を伝えている。

出典・公的資料

一次資料 1件 判決文・白書・調査報告書・法令など、原典にあたれる資料を掲載しています。

  • 調査報告書
    林業試験場(現・森林研究・整備機構 森林総合研究所)
    死者・行方不明93名、山梨県全体の死者・行方不明174名、船津の日雨量269.3ミリ・最大時雨量82.2ミリなどの観測値を確認。
  • その他
    ウィキペディア日本語版
    根場・西湖両地区の犠牲者の内訳、集団移転、「西湖いやしの里根場」の整備を確認。
  • その他
    国土交通省中部地方整備局 富士砂防事務所
    富士山麓で繰り返されてきた土砂災害の事例として、昭和41年の足和田災害の位置づけを確認。

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「足和田災害」事件JP、2026年9月8日閲覧。https://jiken.jp/cases/1966-ashiwada-debris-flow/

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更新履歴

  • 2026年8月24日 初版公開

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