三島由紀夫事件 通称: 市ヶ谷駐屯地事件
| 発生日 | 1970年11月25日(昭和45年) |
|---|---|
| 経過 | 発生から55年8か月 |
| 発生場所 | 東京都 新宿区(陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地) |
| 種別 | その他 |
| 状態 | 終結 |
| 被害 | 死者 2人 |
1970年(昭和45年)11月25日、作家・三島由紀夫が自ら主宰する民兵組織「楯の会」のメンバー4人とともに陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地(東京都新宿区)を訪れ、東部方面総監を人質に取って自衛隊員に決起を呼びかけたのち、割腹自殺した事件。三島と会員1人が死亡し、他の会員3人は逮捕された。戦後日本を代表する作家による衝撃的な最期として、国内外に大きな衝撃を与えた。
広告
事件の経過
1970年11月25日午前、三島由紀夫(45)は「楯の会」会員4人とともに陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地の東部方面総監部を訪問。総監との面会中に会員らが総監を人質に取り、バルコニーから自衛隊員に向けて憲法改正と自衛隊の国軍化を訴える演説を行った。しかし自衛隊員の反応が乏しいと見た三島は総監室に戻り、割腹自殺した。会員の一人が介錯を行い、三島に続いて自らも自決した。
広告
背景
三島は1968年に学生らを中心とする民兵的組織「楯の会」を結成し、自衛隊での軍事訓練を重ねていた。戦後日本の平和主義や経済優先の風潮に強い危機感を抱き、憲法改正による自衛隊の国軍化を主張していた。
その後の裁判
人質にされ軽傷を負った総監は不起訴を求める嘆願を行ったが、逮捕された残る会員3人は監禁・傷害などの罪で起訴され、東京地方裁判所で有罪判決を受けた。事件は戦後日本の思想・言論史における重大な出来事として、現在も多くの研究や論考の対象となっている。
判決の詳細
事件で三島由紀夫らに同行した楯の会会員3人(小賀正義・小川正洋・古賀浩靖)に対する裁判は東京地方裁判所で審理され、1972年(昭和47年)4月27日の第18回公判で判決が言い渡された。罪名は監禁致傷、暴力行為等処罰ニ関スル法律違反、傷害、職務強要、嘱託殺人で、3人はいずれも懲役4年の実刑判決を受けた。嘱託殺人の訴因は三島と会員1人の自決への関与を問うものであった。判決は控訴されずに確定し、3人は1974年(昭和49年)10月に仮釈放された。
経過
-
1970年11月25日
昭和45年事件・事故 三島由紀夫らが市ヶ谷駐屯地で総監を人質に取る
演説の後、三島と会員1人が割腹自殺
-
1970年11月25日
昭和45年逮捕 残る会員3人が現行犯逮捕される
-
1972年4月27日
昭和47年判決 逮捕された会員3人に有罪判決
監禁・傷害等の罪で有罪、いずれも執行猶予付き
東京地方裁判所
-
1974年10月
昭和49年その他 逮捕された会員3人が仮釈放
1972年判決の懲役4年の実刑を務めた小賀正義・小川正洋・古賀浩靖の3人が仮釈放された
出典・公的資料
一次資料 1件 判決文・白書・調査報告書・法令など、原典にあたれる資料を掲載しています。
- 判決文・裁判記録
- その他
- その他
この記事を引用する
レポート・記事などで本ページを参照する際は、以下の表記をご利用ください。
「三島由紀夫事件」事件データベース jiken.jp、2026年7月29日閲覧。https://jiken.jp/cases/1970-mishima-incident/
関連する事件
広告
更新履歴
- 2026年7月12日 本文を増補(「判決の詳細」セクションを追加:懲役4年の実刑判決および仮釈放の詳細)
- 2026年7月11日 初版公開
本ページは公的資料に基づいて作成しています。情報の誤りにお気づきの場合や、掲載内容の削除・訂正のご依頼は お問い合わせ・削除依頼よりご連絡ください。