天六ガス爆発事故

発生日 1970年4月8日(昭和45年)
経過 発生から56年5か月 1991年3月22日の確定から35年5か月
発生場所 大阪府 大阪市北区(天神橋筋六丁目付近、事故当時は大淀区)
種別 事故
状態 終結
被害 死者 79人  負傷者 420人
1970年(昭和45年)4月8日、大阪市大淀区(現・北区)の大阪市営地下鉄谷町線延長工事現場で都市ガス管の継手が抜け、漏洩したガスに引火して爆発が発生した。大阪万博開催中に起きた戦後最大級の都市型災害で、死者79人、重軽傷者420人を出し、施工業者や大阪市交通局の職員が刑事責任を問われた。
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事故の経過

1970年(昭和45年)4月8日、大阪市大淀区国分寺町(現在の北区、大阪市営地下鉄谷町線天神橋筋六丁目駅付近)で進められていた地下鉄谷町線延長工事の現場で、地下に露出していた中圧の都市ガス管の継手部分が外れ、ガスが漏洩した。同日午後5時15分ごろに漏洩が確認され、ガス会社の緊急車両が現場に到着して対応にあたったが、午後5時39分ごろ、車両のエンジンを始動した際に生じた火花からガスに引火し、車両が炎上した。この車両火災に近隣の住民や作業員が集まり、消防車やパトカーも出動する中、午後5時47分ごろ、工事用の坑内に充満していた都市ガスに引火し、数秒の間に連続して大規模な爆発が発生した。爆発により工事現場を覆っていたコンクリート製の覆工板約1,500枚が広い範囲に飛散し、道路が陥没するとともに、周辺の民家や商店に延焼した。
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事故原因

事故の技術的な原因は、道路面から深さ50〜60センチメートルという浅い位置に埋設されていた口径300ミリメートルの中圧ガス管の継手(水取器)が抜け落ち、大量のガスが漏洩したことにあるとされる。この継手は敷設当初からの施工上の要因に加え、通行車両の荷重や地下鉄工事に伴う周辺の掘削・埋め戻しの繰り返しにより、経年的に強度が低下していたとみられる。さらに事故当日の工事で、周辺の土砂が取り除かれたことにより継手を含む配管全体が抜け止め処置のないまま宙づりの状態になったため、内圧に耐えきれず継手部分が抜け落ちたと考えられている。なお、爆発の直接の着火源については、車両火災がそのまま延焼したとする見方のほか、専門家による事後の検証では火災発生から爆発までの時間経過などから他の着火源の可能性も指摘されており、厳密な特定には至っていない。

被害の状況

この爆発により死者79人、重軽傷者420人という甚大な人的被害が生じた。犠牲者の多くは工事関係者ではなく、周辺の住民や通行人、ガス漏れを聞きつけて集まっていた人々であったとされる。建物被害も大きく、全半焼や爆風による損壊などを合わせて495戸(546世帯)に達したほか、爆風でドアや窓ガラスが破損するなどした周辺の家屋はさらに広い範囲に及んだ。この人的被害の規模は、戦後の産業災害の中でも際立って大きいものとされている。

責任の所在

事故をめぐっては1971年7月23日、工事を請け負った建設会社の従業員、大阪市交通局の職員、下請け業者の従業員、ガス会社の従業員の計11人が業務上過失致死傷罪で逮捕・起訴された。施工業者・大阪市・ガス会社の三者が互いの過失を主張して争ったこともあり、審理は長期化した。大阪地方裁判所は1985年4月17日、建設会社と交通局の職員ら8人について、ガス管の継手強度の低下を予測して抜け止め処置を講じるべき注意義務を怠ったと認め、執行猶予付きの禁錮刑を言い渡した。下請け業者の従業員とガス会社の従業員については、無罪または公訴棄却などとされた。建設会社側の被告5人が控訴したが、大阪高等裁判所は1991年3月22日に控訴を棄却し、一審判決が確定した。

安全対策への影響

この事故を契機として、ガス事業法の関係省令が改正され、掘削工事などにより周囲の地盤が露出することとなった導管について、地くずれの防止、漏洩防止措置、温度変化への対応、緊急時のガス遮断措置などを義務付ける規定が新たに設けられた。以後、都市部での掘削工事にあたってはガス管など埋設管の位置確認や防護がより厳格に求められるようになったほか、漏洩の拡大を防ぐヒューズガス栓の開発・普及も進むなど、地下埋設物の安全管理をめぐる制度の整備が進む契機となった。

大阪万博とのかかわり

事故が発生した1970年は、大阪府吹田市で日本万国博覧会(大阪万博)が開催されていた年であり、爆発は万博の会期中に、しかも帰宅ラッシュの時間帯に起きた。万博会場内のガス関連の展示施設は一時公開を見合わせ、ガス会社はしばらくの間テレビコマーシャルの放送を自粛した。祝祭ムードに沸いていた大阪の街に大きな衝撃を与えた都市型の災害として、今も記憶されている。

審理・経過の流れ

  1. 事件・事故 1970年4月8日
  2. 判決 1985年4月17日 +5,488日
  3. 判決 1991年3月22日 +2,165日

経過

  1. 1970年4月8日
    昭和45年

    事件・事故 ガス漏洩・爆発発生

    午後5時15分ごろ、工事現場で中圧ガス管の継手が抜け落ち都市ガスが漏洩。午後5時39分ごろ緊急車両が炎上し、午後5時47分ごろ坑内に充満していたガスに引火して大規模な爆発が発生した。

  2. 1971年7月23日
    昭和46年

    その他 関係者11人を業務上過失致死傷罪で逮捕・起訴

    施工した建設会社の従業員、大阪市交通局の職員、下請け業者の従業員、ガス会社の従業員の計11人が業務上過失致死傷罪で逮捕・起訴された。

  3. 1985年4月17日
    昭和60年

    判決 一審判決(大阪地裁)

    建設会社と大阪市交通局の職員ら8人について過失を認め、執行猶予付きの禁錮刑を言い渡した。下請け業者の従業員とガス会社の従業員は無罪または公訴棄却とされた。

    大阪地方裁判所

  4. 1991年3月22日
    平成3年

    判決 控訴審判決(確定)

    建設会社側の被告5人による控訴を棄却し、一審判決が確定した。

    大阪高等裁判所

出典・公的資料

一次資料 1件 判決文・白書・調査報告書・法令など、原典にあたれる資料を掲載しています。

  • 調査報告書
    高圧ガス保安協会/東京工業大学大学院(科学技術振興機構 失敗知識データベース)
    事故の経過(漏洩17:15・車両炎上17:39・爆発17:47)、フォールトツリー解析による原因分析、死者79名・重軽傷者420名・家屋焼失破損等495戸、刑事裁判の経過(3者の過失責任を14年かけて争い、判決で被告の過失責任を認めた)を確認。
  • その他
    ウィキペディア
    発生日時・場所(大淀区、現・北区)、死者79人・負傷者420人、1971年11人逮捕起訴、1985年一審判決(8人執行猶予付き禁錮刑)、1991年控訴審で判決確定の経過を確認。
  • その他
    時事通信社
    発生日(1970年4月8日)、発生場所(天神橋筋六丁目交差点付近)、死者79人・負傷者400人以上を独立した報道機関の記録として確認。
  • その他
    日本経済新聞  2020年4月8日発行
    死者79人・負傷者400人以上、施工業者(鉄建建設)による慰霊行事の実施を確認。事故が長年にわたり記憶・継承されている事実の裏付けとして使用。

関連する法律用語

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レポート・記事などで本ページを参照する際は、以下の表記をご利用ください。

「天六ガス爆発事故」事件JP、2026年9月8日閲覧。https://jiken.jp/cases/1970-tenroku-gas-explosion/

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更新履歴

  • 2026年8月19日 初版公開

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