外務省秘密漏洩事件 通称: 西山事件

発生日 1972年4月4日(昭和47年)
経過 発生から54年5か月 1978年5月31日の確定から48年3か月
発生場所 東京都 霞が関
種別 汚職・政治事件
状態 終結
1972年(昭和47年)4月4日、毎日新聞政治部記者の西山太吉が、1971年の沖縄返還協定に伴う日米間の密約(米軍施設の原状回復補償費の日本側肩代わり)を示す外務省の極秘電信文案を、外務省の女性事務官から入手し社会党議員に渡して国会で暴露させたとして、事務官とともに国家公務員法違反(秘密漏示のそそのかし・守秘義務違反)容疑で逮捕された事件。東京地裁は西山を無罪としたが、東京高裁で逆転有罪となり、1978年5月31日の最高裁判決で有罪が確定した。判決は取材の自由の重要性自体は認めつつ、取材の手段が著しく反社会的な場合には違法性を帯びるとの基準を示し、国家秘密と国民の「知る権利」をめぐる代表的判例となった。
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事件の経緯

1969年11月の日米首脳会談で沖縄返還が合意され、1971年6月17日に沖縄返還協定が調印された。協定上は、米軍施設の原状回復補償費など本来米国側が負担すべき費用について、日本側は肩代わりしないとされていた。しかし実際には、この補償費400万ドルなどを日本側が実質的に肩代わりする密約が、外務省とアメリカ側との間で交わされていた。毎日新聞政治部記者の西山太吉は、1971年6月18日付の記事でこの密約疑惑を報じたが、この段階では外務省の極秘電信文案そのものには言及していなかった。1972年3月27日、衆議院予算委員会において日本社会党の横路孝弘議員が、密約の内容を示す外務省の極秘電信文案の写しを示して政府を追及し、密約の存在が国会の場で公然と問題化した。同委員会では同じく日本社会党の楢崎弥之助議員も関連する追及を行っている。
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逮捕・起訴

横路議員が示した電信文案の写しは、西山が外務省の女性事務官から入手し、社会党側に渡したものであった。西山は取材の過程で、私的な関係を利用して事務官に文書の持ち出しを依頼したとされる。1972年4月4日、東京地方検察庁特捜部は、西山と当該事務官を国家公務員法違反の容疑で逮捕した。事務官は同法100条1項が定める守秘義務違反、西山は同法111条が定める秘密漏示のそそのかし違反の容疑であった。同月15日、両名はそれぞれ起訴された。起訴状には両者の私的な関係に関する記載が含まれており、以後の裁判の争点や社会の関心は、密約の当否よりも記者の取材の手段・方法に集中することとなった。

裁判の経過

1974年1月31日、東京地方裁判所は、密約に関する情報は本来国民の知る権利の対象として公開されるべき性質のものであり、西山の取材行為は正当な取材活動の範囲内にあるとして、西山に無罪を言い渡した。事務官には懲役6月・執行猶予1年の有罪判決が言い渡された。東京地検はこの無罪判決を不服として同年控訴し、1976年7月20日、東京高等裁判所は一審判決を破棄し、西山に懲役4月・執行猶予1年の有罪判決を言い渡した。西山側は上告したが、最高裁判所第一小法廷は1978年5月31日、上告を棄却する決定を下し、西山の有罪が確定した。

最高裁判決の意義

最高裁は、国家公務員法上の「秘密」とは非公知の事実であって実質的にも秘密として保護するに値するものをいうとの判断枠組みを示し、密約の内容を示す電信文案はこれに該当すると認定した。その一方で判決は、報道機関が取材の目的で公務員に秘密の漏示をそそのかす行為自体は、その手段・方法が法秩序全体の精神に照らして社会観念上相当と認められる限り、正当な業務行為として違法性を欠くとの一般論も示し、取材の自由の重要性自体は認めた。しかし本件については、西山が取材対象者の人格の尊厳を著しく蹂躙する態様で秘密文書を持ち出させたと認定し、正当な取材活動の範囲を逸脱し違法性を帯びると判断した。

知る権利・報道の自由への影響

本件は、国家秘密の保護と国民の「知る権利」・報道機関の取材の自由とが正面から争われた代表的な事件として、憲法・刑事法の教材や判例研究で繰り返し取り上げられてきた。取材の自由自体は尊重されるべきだが、その手段が著しく反社会的な場合には違法性を帯びるという最高裁の判断枠組みは、その後の取材活動をめぐる議論の基礎となっている。なお、密約の存在は日本政府によって長く否定され続けたが、2000年代以降に米国の公文書が相次いで公開されたことなどを受け、2010年4月、東京地方裁判所は関連する国家賠償請求訴訟において密約の存在を認定する判決を言い渡した。もっとも同訴訟は、その後の控訴審・上告審で原告敗訴となり、2014年に最高裁で確定している。

審理・経過の流れ

  1. 逮捕 1972年4月4日
  2. 起訴 1972年4月15日 +11日
  3. 公判 1974年1月31日 +656日
  4. 公判 1976年7月20日 +901日
  5. 判決 1978年5月31日 +680日

経過

  1. 1972年4月4日
    昭和47年

    逮捕 西山太吉記者と外務省事務官を逮捕

    東京地方検察庁特捜部が、西山太吉と外務省の女性事務官を国家公務員法違反(守秘義務違反・秘密漏示のそそのかし)の容疑で逮捕した。

  2. 1972年4月15日
    昭和47年

    起訴 両名を国家公務員法違反で起訴

    東京地方検察庁が、女性事務官を国家公務員法100条1項違反、西山を同法111条違反でそれぞれ起訴した。

  3. 1974年1月31日
    昭和49年

    公判 東京地裁が西山に無罪判決(一審)

    東京地方裁判所は、西山の取材行為を正当な取材活動の範囲内と認め無罪を言い渡した。事務官には懲役6月・執行猶予1年の有罪判決が言い渡された。

    東京地方裁判所

  4. 1976年7月20日
    昭和51年

    公判 東京高裁が逆転有罪判決(二審)

    東京高等裁判所は一審の無罪判決を破棄し、西山に懲役4月・執行猶予1年の有罪判決を言い渡した。

    東京高等裁判所

  5. 1978年5月31日
    昭和53年

    判決 最高裁が上告棄却、西山の有罪が確定

    最高裁判所第一小法廷は上告を棄却する決定を下し、東京高裁判決(懲役4月・執行猶予1年)どおり西山の有罪が確定した。

    最高裁判所

出典・公的資料

  • その他
    Wikipedia
    事件の時系列(密約成立・毎日新聞のスクープ報道・国会暴露・逮捕・起訴・東京地裁及び東京高裁判決日)を確認
  • その他
    Wikipedia
    逮捕日(1972年4月4日)・国会で暴露した議員名(横路孝弘・楢崎弥之助)と所属委員会(衆議院予算委員会)を確認
  • その他
    時事通信社
    逮捕日(1972年4月4日)・起訴の経緯・裁判の流れ(一審無罪、二審逆転有罪、最高裁で確定)を確認
  • その他
    海上保安大学校(前田正義)  2023年6月2日発行
    最高裁決定(最一小決昭和53年5月31日・刑集32巻3号457頁)ならびに東京地裁(昭和49年1月31日)・東京高裁(昭和51年7月20日)の正確な裁判年月日と判例集citation、判決要旨(実質秘説の採用と取材の自由の限界)を確認

関連する法律用語

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「外務省秘密漏洩事件」事件JP、2026年9月8日閲覧。https://jiken.jp/cases/1972-nishiyama-affair/

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更新履歴

  • 2026年8月19日 初版公開

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