ロッキード事件

結末 1993年12月、上告中の元首相が死去し公訴棄却。秘書や丸紅側の被告は1995年2月に最高裁で有罪が確定

発生日 1976年7月27日(昭和51年) 1976年(昭和51年)の事件 / 7月27日に起きた事件
経過 発生から50年3か月
発生場所 東京都 千代田区
種別 汚職・政治事件
状態 判決確定
被害 死者 0人  負傷者 0人
1976年2月、米上院チャーチ委員会でロッキード社による対日工作が発覚し、同年7月27日、東京地方検察庁特捜部は外国為替及び外国貿易管理法違反の容疑で田中角栄前首相を逮捕した。田中は全日空へのトライスター機売り込みに絡み丸紅を通じて5億円を受け取ったとされ、8月に受託収賄罪等で起訴された。1983年、東京地方裁判所は懲役4年の実刑判決を言い渡したが、田中は上告審係属中の1993年に死去し公訴棄却となった。共犯とされた秘書や丸紅側の被告については、1995年に最高裁判所で有罪が確定した。
ロッキード事件を象徴する概念イラスト
※イメージ画像(生成AIによる概念イラストであり、実際の現場・関係者を写したものではありません)
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事件の発覚

1976年2月、米上院チャーチ委員会の公聴会で、航空機メーカーのロッキード社が日本の政界工作のため多額の資金を提供していたことが発覚した。全日空へのトライスター機売り込みに絡み、田中角栄前首相が商社丸紅を通じて5億円を受け取ったとされた。
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逮捕と裁判

東京地方検察庁特捜部は1976年7月27日、外国為替及び外国貿易管理法違反容疑で田中前首相を逮捕し、同年8月16日に受託収賄罪等で起訴した。1983年10月12日、東京地方裁判所は懲役4年・追徴金5億円の判決を言い渡した。控訴審の東京高等裁判所は1987年7月29日、田中と秘書の控訴を棄却した。判決は、1972年8月23日に田中邸で丸紅側から、全日空にロッキード社のL1011型機(トライスター)を選定購入させるよう働きかけてほしいとの依頼(請託)を受け、その報酬として1973年8月10日以降4回にわたり計5億円を受け取ったとする一審の認定を維持した。そのうえで、閣議で決定した方針に基づいて運輸大臣を指揮監督する権限をもつ内閣総理大臣が、運輸大臣を介し、あるいは自ら直接、民間航空会社に特定の機種の選定購入を働きかけることは職務またはこれと密接に関係する行為に当たるとして、受託収賄罪の成立を認めた。また、米国の裁判所に嘱託して行ったロッキード社幹部らの証人尋問の調書について、検察当局の不起訴確約によって証言を得た手続も違法ではないと判断した。同じ判決で、丸紅側の被告3人のうち2人の控訴は棄却され、1人は一審判決を破棄されて懲役2年・執行猶予4年となった。田中は上告したが、1993年12月16日に上告審係属中のまま死去し、公訴棄却となった。秘書や丸紅側の被告については1995年2月、最高裁判所大法廷が上告を棄却し有罪が確定した。

政界への影響

田中角栄は逮捕・起訴後も議員辞職や離党をせず、自民党内最大派閥「田中派」を率いて歴代内閣の成立を左右する実力者であり続け、「闇将軍」とも称された。1983年10月12日の一審判決を受け、田中の議員辞職を求める野党と応じない自民党執行部の対立から国会審議が紛糾し、同年11月28日に衆議院が解散された(いわゆる「田中判決解散」)。同年12月18日の総選挙で自民党は250議席にとどまり単独過半数(256議席)を割り込んだ(自民党の単独過半数割れは1976年の総選挙に次いで2度目)、新自由クラブとの閣外協力によって政権を維持する事態となり、55年体制下の政治構造に大きな動揺を与えた。

政治倫理審査会の設置と汚職事件史における位置づけ

ロッキード事件は、前首相が刑事被告人として逮捕・起訴された点で「首相の犯罪」と呼ばれ、国民に強い衝撃を与えた。米議会の公聴会証言という国外の資料によって国内の政界工作の実態が明らかになった経緯は、政官財の癒着による構造汚職の存在を広く可視化させた。この事件を機に、国会議員の政治的・道義的責任を審査する制度として、1985年に衆参両院に「政治倫理審査会」が設置された。ロッキード事件は、戦後の造船疑獄などと並び、政治とカネをめぐる問題が繰り返し社会問題化してきた戦後汚職事件史の中でも突出した事件として位置づけられている。

審理・経過の流れ

  1. 逮捕 1976年7月27日
  2. 起訴 1976年8月16日 +20日
  3. 判決 1983年10月12日 +2,613日
  4. 判決 1987年7月29日 +1,386日

経過

  1. 1976年2月4日
    昭和51年

    捜査 米上院チャーチ委員会でロッキード社の対日工作が発覚

  2. 1976年7月27日
    昭和51年

    逮捕 田中角栄前首相を外為法違反容疑で逮捕

  3. 1976年8月16日
    昭和51年

    起訴 受託収賄罪等で起訴

  4. 1983年10月12日
    昭和58年

    判決 東京地方裁判所が懲役4年の判決

    懲役4年・追徴金5億円。

    東京地方裁判所

  5. 1983年12月18日
    昭和58年

    その他 衆議院総選挙で自民党が単独過半数割れ(田中判決解散)

    田中角栄への一審有罪判決を受けた衆議院解散(田中判決解散)に伴う総選挙で、自民党は250議席にとどまり単独過半数(256議席)を割り込んだ(単独過半数割れは1976年に次いで2度目)。新自由クラブとの閣外協力により政権を維持した。

  6. 1987年7月29日
    昭和62年

    判決 東京高等裁判所が田中元首相らの控訴を棄却

    内閣総理大臣の職務権限を認め、受託収賄罪の成立を維持した。

    東京高等裁判所 (事件番号: 昭和59年(う)第263号)

  7. 1993年12月16日
    平成5年

    その他 田中角栄が死去、公訴棄却

出典・公的資料

一次資料 1件 判決文・白書・調査報告書・法令など、原典にあたれる資料を掲載しています。

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「ロッキード事件」事件JP、2026年10月31日閲覧。https://jiken.jp/cases/1976-lockheed-scandal/
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更新履歴

  • 2026年10月3日 一次資料補強:東京高裁判決(1987年7月29日)を出典に追加し、控訴審の判断(請託と5億円授受の認定、内閣総理大臣の職務権限、嘱託証人尋問)と丸紅側被告の控訴審の結果を加筆
  • 2026年9月24日 1983年総選挙を「結党以来初の単独過半数割れ」とする誤りを訂正(正しくは1976年が初、1983年は2度目)、出典type分類を訂正
  • 2026年7月12日 本文を増補(「政界への影響」「政治倫理審査会の設置と汚職事件史における位置づけ」の2セクションを追加)
  • 2026年7月11日 初版公開

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