八丈島東方沖地震
| 発生日 | 1972年2月29日(昭和47年) |
|---|---|
| 経過 | 発生から54年6か月 |
| 発生場所 | 東京都 八丈島(東京都八丈町) |
| 種別 | 災害 |
| 状態 | 終結 |
1972年(昭和47年)2月29日午後6時23分頃、八丈島東方沖を震源とするマグニチュード7.0の地震が発生し、八丈町で震度5を観測した。崖崩れや落石、水道管の破損により約2000戸が断水するなどの被害が出た。同年12月4日にも同じ震源域でマグニチュード7.2の地震が発生しており、あわせて研究対象とされている。
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地震の発生
1972年2月29日午後6時23分頃、八丈島東方沖(北緯33度31.5分・東経140度53.1分)を震源とするマグニチュード7.0の地震が発生した。八丈島の八丈町で震度5(強震)を観測したほか、北海道から近畿地方にかけての広い範囲で揺れが感じられた。
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観測体制と記録
本地震は、気象庁および国土地理院傘下の地震予知連絡会によって詳細に観測・分析された。当時はまだ現在のような稠密な地震観測網が整備されていなかったが、八丈島や近隣の観測点のデータをもとに、震源位置や規模の推定が行われ、地震予知連絡会の会報にも分析結果が報告されている。当時の八丈島は本土との定期船・航空便の便数が限られており、地震直後の被害状況の把握や物資輸送には時間を要した。断水した約2000戸は島内世帯の相当割合を占めたとみられ、復旧作業は島民総出で進められた。
被害の状況
八丈島では崖崩れや落石による被害が発生したほか、水道管が破損し、約2000戸が断水する被害が出た。人的被害についての記録は確認されていない。八丈島は東京都心から南へ約290キロメートル離れた伊豆諸島の島で、当時の人口は1万人前後だった。地震発生時、島内では停電や電話回線の混乱も生じ、本土との連絡が一時的に困難になった。
同年12月の地震との関係
この地震から9か月後の同年12月4日、ほぼ同じ震源域でマグニチュード7.2の地震が再び発生し、八丈島で震度6を観測した。12月の地震ではその後100回近い余震が観測されており、2月と12月の2つの地震は、八丈島東方沖の地震活動を理解するうえで、あわせて研究の対象とされている。2月と12月の2つの地震はいずれも同じ震源域で発生したことから、研究者の間ではプレート境界における応力の蓄積・解放の関係を検証する事例として、比較研究が行われてきた。
島しょ部の防災上の課題
八丈島のような離島では、地震による断水や道路寸断が発生した場合、本土からの応急支援に時間を要するという地理的な制約がある。本地震で発生した約2000戸の断水は、島しょ部におけるライフラインの脆弱性を浮き彫りにする事例として、その後の防災対策の検討材料にもなった。
地域の地震活動
八丈島を含む伊豆・小笠原弧の海域は、フィリピン海プレートの沈み込みに伴う地震活動が活発な地域として知られ、気象庁や国土地理院などの関係機関により、地震観測・研究が継続的に行われている。八丈島では、この年の2度の地震を教訓に、島内の防災設備・避難計画の見直しが進められた。
地震規模の記録の違いについて
本地震の規模については、気象庁マグニチュードでM7.0とする記録と、モーメントマグニチュードでM7.2相当とする分析とが併存しており、算出方法の違いにより数値に幅があることが知られている。本サイトでは、地震予知連絡会の報告に基づきM7.0を基本の数値として採用している。
経過
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1972年2月29日
昭和47年事件・事故 八丈島東方沖でマグニチュード7.0の地震
八丈町で震度5を観測し、崖崩れや断水などの被害が出た。
出典・公的資料
一次資料 1件 判決文・白書・調査報告書・法令など、原典にあたれる資料を掲載しています。
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その他
フリー百科事典 Wikipedia
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調査報告書
地震予知連絡会(国土地理院)
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レポート・記事などで本ページを参照する際は、以下の表記をご利用ください。
「八丈島東方沖地震」事件JP、2026年9月8日閲覧。https://jiken.jp/cases/1972-hachijojima-east-offshore-earthquake/
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更新履歴
- 2026年8月19日 初版公開
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