北海道の殺人事件一覧(21件)|災害、事故
北海道で発生した事件を発生日の新しい順に掲載しています。
21 件
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羅臼岳ヒグマ人身事故
2025年8月14日午前11時ごろ、北海道斜里町の知床国立公園にある羅臼岳の登山道(岩尾別コース)で、下山中の20代の男性がヒグマに襲われて死亡した事故。全登山口が緊急閉鎖され、山中の登山者71人がヘリコプターで救助された。翌15日、子グマ2頭を連れた母グマが見つかり、3頭とも銃で捕獲された。DNA分析で母グマが加害個体とわかった。検証報告書は原因を特定できないとしつつ、子を守る防御的な攻撃の可能性が高いとした。登山道は2026年7月5日に再開した。
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福島町ヒグマ事件
2025年7月12日の未明、北海道松前郡福島町三岳の住宅地で、新聞配達をしていた52歳の男性がヒグマに襲われて死亡した事故。北海道は同じ日、制度をつくってから初めての「ヒグマ警報」を町の全域に出した。加害個体は7月18日の未明、警察官職務執行法に基づいて銃で捕獲された。オスで、体長208センチ、体重218キロだった。DNA分析の結果、2021年に同じ町で農作業中の女性が死亡した事故の加害個体と同じだとわかった。警報は7月19日に注意報に切り替えられ、のちに解除された。
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知床遊覧船沈没事故
2022年(令和4年)4月23日午後、北海道斜里町の知床半島西側カシュニの滝沖で、観光船「KAZU I」(19トン)が浸水して午後1時26分以降まもなく沈没し、乗客24人・乗員2人の計26人が死亡・行方不明となった。強風・波浪注意報が発表される中での出航で、船首甲板のハッチが十分に閉鎖できない状態のまま航行し、波の打ち込みによる浸水が拡大したことが運輸安全委員会の調査で明らかになった。運航会社は過去にも座礁・接触事故を起こしていたが、国の監査・検査体制の不備もあって改善されないまま今回の事故に至った。運航会社の社長は2026年6月、業務上過失致死罪で禁錮5年の実刑判決を受け、控訴した。
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札幌不動産仲介店舗ガス爆発事故
札幌市豊平区の雑居ビルで発生したガス爆発事故。不動産店が廃棄したスプレー缶のガスに引火したとみられ、52人が負傷した。
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北海道胆振東部地震
2018年(平成30年)9月6日午前3時7分ごろ、北海道胆振地方中東部を震源とするマグニチュード6.7の地震が発生し、厚真町で最大震度7を観測した。大規模な土砂崩れにより厚真町を中心に44人が死亡し、北海道内全域が停電する「ブラックアウト」が発生した。
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北海道佐呂間町竜巻災害
2006年(平成18年)11月7日午後、北海道佐呂間町で藤田スケールF3の竜巻が発生し、トンネル工事の事務所が直撃されるなどして死者9人、負傷者31人を出した災害。
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北海道東方沖地震
1994年(平成6年)10月4日午後10時22分、北海道根室沖を震源に発生したマグニチュード8.2の地震。釧路市・厚岸町で震度6を観測し、北海道で負傷者437人、住宅全壊61棟などの被害が出た。死者9人・行方不明者2人は、いずれもロシアが実効支配する北方領土の択捉島での被害だった。
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北海道南西沖地震
1993年(平成5年)7月12日22時17分、北海道南西沖の日本海を震源とするマグニチュード7.8の地震が発生した。震源に近い奥尻島には地震発生から数分で最大21メートルに達する津波が押し寄せ、青苗地区では津波と火災による被害が重なった。死者202人・行方不明者28人、負傷者323人にのぼり、このうち奥尻町の死者・行方不明者は198人を数えた。住家の全壊は601棟に達した。
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北炭夕張新炭鉱ガス突出事故
1981年(昭和56年)10月16日、北海道夕張市の北炭夕張新炭鉱で、地表下1,000メートルを超える深部の坑道掘進現場でガス突出が起き、救助活動中の同日夜にはガス爆発と坑内火災が続いた。死者は一次災害83人、二次災害10人の計93人。坑内への注水を経て遺体の収容は翌年3月まで続き、炭鉱は1982年10月に閉山した。
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ばんだい号墜落事故
1971年(昭和46年)7月3日夕、東亜国内航空63便「ばんだい号」(YS-11型機)が札幌の丘珠空港から函館空港へ向かう途中、函館北方の横津岳(亀田郡七飯町)に墜落し、乗員乗客68人全員が死亡した。北海道最悪の航空事故。事故調査委員会は、操縦者が無線標識の位置を誤認し、強風で機体が北へ押し流されたことが原因と推定した。
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豊浜山津波
1962年(昭和37年)10月17日、北海道乙部町豊浜地区で発生した土石流(山津波)が、走行中の函館バスの路線バスを海中に押し流した事故。乗務員2人は生還したが、乗客のうち11人が死亡、3人が行方不明、14人が重軽傷を負った。事故後、現場の旧道は廃止され、新たなトンネル・道路が整備された。
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奥新冠ダム建設工事雪崩災害
1961年(昭和36年)4月5日未明、北海道日高地方の平取町振内と新冠村(現・新冠町)奥新冠で、北海道電力が進めていた日高電源一貫開発計画の一環である奥新冠ダム・発電所建設工事の作業員宿舎が相次いで表層雪崩に襲われた。前日までの高温と降雨で緩んだ積雪が崩落し、平取町側で12人、新冠側で22人、合わせて34人が死亡、11人が負傷した。北海道警察などの現場検証は「事前予知が到底困難な自然災害」と結論づけた。工事用道路の復旧や作業員の離散により工事の全面再開には時間を要し、後年、現場付近と発電所そばに慰霊碑が建立された。
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茂尻炭鉱ガス爆発事故
1955年(昭和30年)11月1日、北海道赤平市の茂尻炭鉱(雄別炭礦茂尻鉱業所)で坑内のガス爆発が発生し、死者60人、負傷者17人を出した事故。同炭鉱では1935年にも95人が死亡する爆発事故が起きている。
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洞爺丸事故
1954年(昭和29年)9月26日夜、台風15号(洞爺丸台風)による強風の中、青函連絡船「洞爺丸」が北海道・函館港沖の七重浜沖合で転覆・沈没した事故。乗員乗客1314人のうち1155人が死亡・行方不明となり、日本海難史上最悪の惨事となった。この事故を契機に、本州と北海道を結ぶ青函トンネルの建設構想が具体化した。
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メイストーム海難事故
1954年(昭和29年)5月9日から10日にかけて急速に発達した低気圧により北海道近海で暴風が発生し、サケ・マス漁の漁船が多数遭難、361人が死亡・行方不明となった海難事故。
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十勝沖地震
1952年(昭和27年)3月4日午前10時22分頃、北海道十勝沖を震源とするマグニチュード8.2の地震が発生した。池田・幕別などで震度6を観測し、津波が太平洋沿岸を襲って浜中町霧多布などに大きな被害が出た。死者28人・行方不明5人・負傷者287人、家屋の全半壊・一部損壊は8,500棟を超えた。
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白鳥事件
1952年(昭和27年)1月21日夜、札幌市(現在の中央区)の路上で、自転車で帰宅途中の札幌市警察本部警備課長・白鳥一雄警部(36歳)が背後から拳銃で撃たれ死亡した。警察は日本共産党による組織的犯行とみて捜査し、同年10月、党札幌市委員会委員長の男を共謀共同正犯として逮捕・起訴した。実行犯とされる党員は国外へ逃亡し逮捕を免れたまま、男は1963年に懲役20年の有罪が最高裁で確定した。1975年、再審請求を棄却した最高裁決定(通称「白鳥決定」)は、再審にも「疑わしきは被告人の利益に」の原則が適用されると初めて明示し、その後の再審制度の運用に大きな影響を与えた。
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大原劇場火災
1951年(昭和26年)5月19日午後2時50分ごろ、北海道厚岸郡浜中村(現・浜中町)の茶内市街にあった映画館「大原劇場」で火災が発生した。上映中のフィルムから映写室内で出火し、火元の映写室が出入口の近くにあったうえ、非常口にかんぬきがかけられていたため、多くの観客が避難できなかった。小・中学生ら39人を含む42人が死亡する惨事となった。
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北海道拓殖銀行美深支店強盗殺人事件
1950年(昭和25年)4月2日未明、北海道中川郡美深町の北海道拓殖銀行美深支店に賊が侵入し、支店長夫妻・行員夫妻・支店長の娘2人の計6人に麻酔薬とみられる薬品を注射して眠らせたうえ、刃物で頸動脈などを切断して殺害し、現金108万円を奪った事件。幼児を含む多数の犠牲者と、麻酔薬の使用や頸動脈の切断という冷酷な手口から、2年前に東京で12人が毒殺された帝銀事件になぞらえて「第2の帝銀事件」と呼ばれた。捜査線上には延べ3千人が浮かんだが真犯人は特定できず、1965年4月2日、事件発生から15年で公訴時効が成立し、未解決事件となった。
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十勝岳噴火(大正15年噴火)
1926年(大正15年)5月24日、北海道の十勝岳が噴火し、山頂の残雪が融けて発生した大規模な融雪型火山泥流が上富良野の市街地まで到達し、144人が死亡・行方不明となった。
出典: https://jiken.jp/pref/hokkaido/(2026-10-30 取得)/ 事件JP