徳島刑務所暴動事件
| 発生日 | 2007年11月16日(平成19年) |
|---|---|
| 経過 | 発生から18年9か月 |
| 発生場所 | 徳島県 徳島市入田町(徳島刑務所) |
| 種別 | その他 |
| 状態 | 終結 |
2007年(平成19年)11月16日午前9時25分ごろ、徳島刑務所の工場で受刑者が刑務官と衝突する騒じょうが起きた。背景には、施設の医務課長による診療のあり方について多数の受刑者が不服を申し立てていた経緯があり、告発の中心となった受刑者が隔離・移送されようとしたことが引き金となった。刑事施設及び受刑者等の処遇に関する法律が施行された翌年の出来事であり、受刑者からの不服申立てを施設内でどう受け止めるか、矯正医療をどう確保するかという課題を突きつけた。関係者に対する刑事告訴は不起訴に終わっている。
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事件の発生
2007年(平成19年)11月16日午前9時25分ごろ、徳島刑務所の第2工場で、作業中の受刑者が備え付けの消火器を噴射した。これをきっかけに多数の受刑者が刑務官と衝突する事態となった。
前日の15日、施設の処遇について告発の中心となっていた受刑者が独居房に隔離され、16日に他の刑務所へ移送される計画が伝えられていた。受刑者らはこの措置に反発した。衝突の対象となったのは主に他施設から応援に来ていた刑務官であり、徳島刑務所に元から勤務する刑務官への加害はほとんどなかったとされる。
騒じょうは間もなく収束したが、行刑施設の内部で受刑者が集団で職員と衝突するという事態は、戦後の日本では例が少ない。
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背景にあった矯正医療の問題
この騒じょうの背景には、施設の医務課長による診療のあり方をめぐる受刑者の不服申立てがあった。2004年(平成16年)に着任した医務課長の診療について、複数の受刑者が不適切であるとして申立てを行い、2007年10月には80人の受刑者が連名で告発文書を作成したとされる。2005年10月には受刑者1人が自殺している。
具体的な診療内容については、本サイトの編集方針に従い記載しない。制度上の論点は、受刑者が施設内の医療に不服を持ったとき、それを外部の目に届かせる仕組みが機能していたかどうかにある。
刑務所の医療は、外部の医療機関を自由に選べない環境で提供される。医師の判断に不服があっても、受刑者が別の医師にかかることは容易でない。この構造的な問題は、徳島刑務所に固有のものではなく、日本の矯正医療全体に共通する課題として、以前から指摘されてきた。
法務省の対応と刑事告訴
医務課長は騒じょうの直後に医療業務から外され、2008年(平成20年)1月に高松矯正管区へ異動した。徳島刑務所の所長は2009年(平成21年)3月に退職している。騒じょうに加わった受刑者や、処遇について申立てを行っていた受刑者は、他の施設へ移送された。
2008年2月、受刑者と親族26人が、医務課長ら3人を特別公務員暴行陵虐致傷の疑いで徳島地方検察庁に刑事告訴した。同年10月、検察は正当な医療行為の範囲内であるとして不起訴処分とし、弁護団は検察審査会への審査申立てを行った。
刑事責任が問われないまま関係者の異動によって収束したという経過は、施設内で起きたことを外部が事後に検証することの難しさを示している。
受刑者処遇法と刑事施設視察委員会
この騒じょうが起きたのは、日本の行刑制度が大きく変わった直後だった。2001年から2002年にかけて名古屋刑務所で刑務官による受刑者への加害事件が明るみに出たことを受け、政府は行刑改革会議を設置し、2003年12月に提言をまとめた。これに基づいて明治以来の監獄法が全面的に改められ、2006年(平成18年)5月から刑事施設及び受刑者等の処遇に関する法律が施行されている。
新しい法律の柱のひとつが、刑事施設視察委員会の設置である。地域の弁護士・医師・自治体関係者らが委員となって施設を視察し、受刑者から意見を聴き、施設の長に意見を述べる仕組みで、外部の目を制度として組み込むことを狙いとしていた。受刑者が処遇について不服を申し立てる手続も法律に明記された。
徳島刑務所の事案は、これらの仕組みが施行から1年余りの時点でどこまで機能していたかを問うものとなった。
矯正医療の制度改革へ
刑務所の医療をどう確保するかという問題は、この事案の後も継続して議論されてきた。矯正施設に勤務する常勤医師の確保が難しく、定員を満たせない施設が慢性的に存在するという事情がある。給与や勤務環境の面で一般の医療機関と競合しにくく、医師にとって専門性を高めにくいという指摘も長くなされてきた。
国立国会図書館の調査資料は、2007年の時点で矯正医療の現状と課題を整理し、医師確保の困難、施設内医療の質、外部医療機関との連携の必要性を挙げている。法務省もその後、矯正医療の在り方に関する有識者検討会を設け、制度の見直しを進めた。2015年(平成27年)には矯正医官の兼業や勤務形態の柔軟化を認める法律が制定されている。
受刑者は、刑罰として自由を制限されているが、医療を受ける権利まで失うわけではない。徳島刑務所の事案が提起したのは、この原則を閉ざされた施設の中でどう担保するかという、制度設計の問題であった。
経過
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2007年11月16日
平成19年事件・事故 徳島刑務所の工場で受刑者が刑務官と衝突
午前9時25分ごろ、受刑者が消火器を噴射したことをきっかけに騒じょうとなった。
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2008年1月
平成20年その他 医務課長が高松矯正管区へ異動
騒じょうの直後に医療業務から外されていた。
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2008年2月
平成20年その他 受刑者と親族26人が特別公務員暴行陵虐致傷で刑事告訴
徳島地方検察庁に告訴したが、同年10月に不起訴処分となった。
出典・公的資料
一次資料 1件 判決文・白書・調査報告書・法令など、原典にあたれる資料を掲載しています。
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調査報告書
国立国会図書館 調査及び立法考査局 2007年9月1日発行事件と同時期における矯正医療の構造的な課題(医師確保の困難、施設内医療の質、外部医療機関との連携)を確認。
- その他
- その他
- その他
関連する法律用語
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「徳島刑務所暴動事件」事件JP、2026年9月8日閲覧。https://jiken.jp/cases/2007-tokushima-prison-riot/
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更新履歴
- 2026年8月24日 初版公開
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