殺人事件の一覧(70件)・3ページ目
種別「殺人」の事件を発生日の新しい順に掲載しています。
「殺人」には、個人・家族間の怨恨や強盗以外の動機による殺人事件を分類しています。無差別に人を殺傷したテロ・通り魔事件は「テロ・無差別襲撃」に、強盗の過程で発生した殺人は「強盗」に分類しています。掲載事件は、判決文・警察白書・信頼できる報道機関の記事など公的資料に基づき事実関係を確認したうえで記録しています。捜査・裁判の手続きについては法律用語集の「逮捕」「起訴」「裁判員裁判」「無期懲役」なども併せてご覧ください。
70 件
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群馬一家3人殺害事件
群馬県の住宅で、電気工事業を営む一家3人が殺害された事件。被害者の長女にストーカー行為を繰り返していた男が重要参考人とされたが、行方が分からないまま未解決となっている。
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神戸連続児童殺傷事件
1997年(平成9年)2月から5月にかけて、神戸市須磨区で中学3年の少年(当時14歳)による児童連続殺傷事件が発生した。5月27日未明には殺害した男児(11歳)の遺体の一部が中学校正門に遺棄され、「酒鬼薔薇聖斗」を名乗る犯行声明が添えられていた。少年は同年6月28日に逮捕され、神戸家庭裁判所は同年10月13日、医療少年院送致を決定した。
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足立区首なし殺人事件
東京都足立区の駐車場で女性の首なし焼死体が発見された事件。同居していた男が逮捕され、過去にも複数の殺人事件で有罪・無罪が入れ替わった経歴を持っていた。
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藤田小女姫殺害事件
ハワイ・ホノルルで、日本人占い師とその息子が殺害された事件。占い師の顧客だった男が犯人として終身刑を受けた。
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伊丹十三監督刺傷事件
1992年(平成4年)5月22日、映画監督の伊丹十三が、映画『ミンボーの女』の公開を機に、暴力団関係者とみられる男らに自宅前で切りつけられ重傷を負った事件。
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市川一家4人殺害事件
1992年(平成4年)3月5日夕方から翌6日朝にかけて、千葉県市川市のマンションに、当時19歳の少年が押し入り、会社役員の男性(当時42歳)とその妻(同36歳)、母親(同83歳)、次女(同4歳)の一家4人を殺害し、現金約34万円などを奪った強盗殺人事件。少年は暴力団関係者から要求された金の工面に窮していたとされる。少年は同年3月6日に逮捕され、2001年(平成13年)12月に最高裁判所で死刑判決が確定した。少年だった加害者の死刑執行は2017年(平成29年)12月19日に行われ、少年時の犯行に対する死刑執行としては1997年以来約20年ぶりとなった。
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東村山警察署旭が丘派出所警察官殺害事件
東京都清瀬市の派出所で勤務中の警察官が刺殺され、拳銃が奪われた事件。2007年に公訴時効が成立し、未解決のままとなっている。
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東海大学安楽死事件
1991年(平成3年)4月13日、神奈川県の東海大学医学部附属病院で、末期がん患者に担当医が家族の要請を受けて薬剤を投与し死亡させた事件。判決で積極的安楽死が許容されるための4要件が示された。
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坂本堤弁護士一家殺害事件
1989年(平成元年)11月4日未明、神奈川県横浜市磯子区洋光台の自宅で、オウム真理教の反社会性を追及していた弁護士(33歳)とその妻(29歳)、長男(1歳)が、教団幹部らによって殺害された。遺体は別々の場所の山中に埋められ、発見は事件から6年近く経った1995年になった。実行犯の教団幹部らは死刑判決を受け、2018年7月に刑が執行された。
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岩手県種市町妻子5人殺害事件
1989年(平成元年)8月9日朝、岩手県九戸郡種市町(現・洋野町)の民家で、元漁船員の男が就寝中の妻子5人を殺害した事件。控訴審で死刑判決を受けたが、被告人が上告中に病死し、公訴棄却により裁判は終結した。
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熊本母娘殺害事件
1985年(昭和60年)7月24日未明、熊本県上益城郡甲佐町の民家で、女性(当時63歳)とその養女(当時22歳)が、侵入した男に殺害された。加害者の男は、1962年の殺人罪で無期懲役の判決を受け仮釈放中だった。1999年、死刑が執行された。
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戸塚ヨットスクール事件
愛知県のヨットスクールで、1979年から1982年にかけて訓練生5人が指導中の暴行等により死亡していたことが発覚し、1983年6月、校長の戸塚宏が傷害致死容疑で逮捕された事件。体罰による「スパルタ教育」の是非をめぐる社会的議論を呼んだ。
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みどり荘事件
1981年(昭和56年)6月27日深夜から28日未明にかけて、大分県大分市六坊町のアパート「みどり荘」で、18歳の女子短大生が自室で殺害された。隣室に住んでいた男性が翌年1月に逮捕・起訴され、大分地方裁判所は1989年に無期懲役を言い渡したが、福岡高等裁判所は1995年6月30日に逆転無罪を言い渡し、検察が上告を断念して確定した。有罪の主要な根拠とされた毛髪鑑定は控訴審の再鑑定で否定され、日本で初めて裁判所の職権によってDNA型鑑定が採用された事件としても知られる。真犯人は特定されないまま1996年に公訴時効が成立した。
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長岡京ワラビ採り殺人事件
1979年(昭和54年)5月23日、京都府長岡京市内のスーパーマーケットでパート勤務していた主婦2人が、勤務終了後に近隣の竹林へワラビ採りに向かったまま行方不明となった。2日後の5月25日、山中で2人の遺体が発見された。1人は絞殺、もう1人は刺殺されており、いずれも全身に多数の殴打痕が残る凄惨な犯行だった。被害者の1人が身につけていたレシートの裏には、鉛筆で「オワレている たすけて下さい この男の人わるい人」と走り書きされており、犯行直前まで抵抗していたことをうかがわせた。京都府警察は複数の重要参考人を捜査したが犯人の特定に至らず、1994年5月24日に公訴時効が成立し、事件は未解決のまま今日に至っている。
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克美茂愛人殺害事件
1976年(昭和51年)5月、歌手の克美茂が交際していた女性を東京都港区のマンションで殺害し、遺体を羽田空港の駐車場に遺棄した事件。
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佐賀女性7人連続殺人事件
1975年(昭和50年)から1989年(平成元年)にかけて、佐賀県杵島郡北方町(現・武雄市)を中心とする半径約20キロの範囲で、女性7人が相次いで行方不明となり遺体で発見された。多くが水曜日に失踪していたことから連続性が指摘された。2002年、最後の3件(北方事件)について男性1人が逮捕・起訴されたが、佐賀地方裁判所は2005年4月に無罪を言い渡し、2007年3月の福岡高等裁判所判決でも無罪が支持されて確定した。判決は物証の乏しさと、取調べで作成された上申書の証拠価値を否定している。7件はいずれも解決に至らないまま公訴時効を迎えた。
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永山則夫連続射殺事件
1968年(昭和43年)10月11日から11月5日にかけて、東京・京都・北海道・愛知の4都道府県で、警備員やタクシー運転手ら男性4人が拳銃で相次いで射殺された事件。犯人は事件当時19歳の少年で、在日米軍基地から盗んだ拳銃を使用していた。少年は翌1969年4月、東京都内で逮捕された。
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少年ライフル魔事件
1965年(昭和40年)7月29日、神奈川県高座郡座間町で、当時18歳の少年が警察官を射殺して銃を奪い、東京都渋谷区の銃砲店に立てこもって警官隊と銃撃戦を繰り広げた。少年は逮捕され、1969年に死刑が確定、1972年に執行された。
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西口彰事件
1963年(昭和38年)10月18日から12月にかけて、西口彰(当時40歳)が福岡・静岡・東京で5人を殺害した連続殺人事件。西口は瀬戸内海で投身自殺を偽装して逃走を続け、翌1964年1月3日、熊本県で逮捕された。この事件は佐木隆三の小説「復讐するは我にあり」のモデルとなった。
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名張毒ぶどう酒事件
1961年(昭和36年)3月28日夜、三重県名張市葛尾の集会所で開かれた懇親会で、農薬(テップ)が混入したぶどう酒を飲んだ女性17人が中毒症状を訴え、5人が死亡した。参加者の一人だった奥西勝が逮捕され、一審は無罪としたが名古屋高裁が逆転死刑判決を言い渡し、1972年に最高裁が上告を棄却して死刑が確定した。奥西は一貫して無実を主張し9次にわたり再審請求を重ねたが、2015年、収容先の医療刑務所で89歳のまま病死した。
出典: https://jiken.jp/category/murder/?page=3(2026-09-15 取得)/ 事件JP