東海大学安楽死事件
| 発生日 | 1991年4月13日(平成3年) |
|---|---|
| 経過 | 発生から35年3か月 1995年3月28日の確定から31年4か月 |
| 発生場所 | 神奈川県 伊勢原市(東海大学医学部附属病院) |
| 種別 | 殺人 |
| 状態 | 判決確定 |
| 被害 | 死者 1人 |
1991年(平成3年)4月13日、神奈川県の東海大学医学部附属病院で、末期がん患者に担当医が家族の要請を受けて薬剤を投与し死亡させた事件。判決で積極的安楽死が許容されるための4要件が示された。
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事件の経過
1991年4月、神奈川県伊勢原市の東海大学医学部附属病院に入院していた末期の多発性骨髄腫患者(当時58歳)が、昏睡状態から回復する見込みがないと判断された。患者の妻と長男は、これ以上の治療を望まず、苦痛を長引かせないよう強く希望した。同月13日、担当医であった大学助手の男は、要請を受けて点滴などの治療を中止した上、塩化カリウム製剤を注射し、患者を死亡させた。
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殺人罪での起訴と裁判
医師の男は殺人罪に問われ、横浜地方裁判所で審理された。1995年3月28日、同裁判所は懲役2年・執行猶予2年の有罪判決を言い渡し、検察・被告双方が控訴せず判決が確定した。判決は、医師による積極的安楽死が違法性を阻却されるためには、耐えがたい肉体的苦痛の存在や患者本人の明示的な意思表示など、4つの要件を満たす必要があるとの基準を示した。
日本の安楽死・尊厳死論議への影響
この判決で示された4要件は、法律で安楽死が明文化されていない日本において、その後の医療現場や司法判断における重要な参照基準となった。判決以降も、終末期医療における治療中止や患者の自己決定権をめぐる議論は繰り返し起こっており、この事件は日本の生命倫理をめぐる議論の出発点の一つとして位置づけられている。
事件発覚の経緯
この事件は当初表面化していなかったが、同じ病院に勤務していた別の医師による内部告発を機に発覚した。担当医の助手は、患者の家族から繰り返し治療中止を求められる中で精神的に追い詰められ、最終的に薬剤投与に至ったと供述したとされる。医療現場における家族の意向と医師の職業倫理・法的責任との間の緊張関係を象徴する事件として、医療倫理の分野で繰り返し取り上げられている。
尊厳死をめぐるその後の議論との関係
この事件で示された4要件は、その後の日本国内における尊厳死法制化の議論でもたびたび参照された。一方で、患者本人の意思確認が困難な終末期医療の現場では、要件を機械的に当てはめることの難しさも指摘され続けている。
医師の処分
担当医であった助手は、有罪判決確定後に医師免許を取り消され、医療現場を離れた。この事件は、医師個人の刑事責任と、家族の意向に基づく治療方針決定の限界とを、日本社会に強く印象づけた。
経過
-
1991年4月13日
平成3年事件・事故 担当医が末期がん患者に薬剤を投与し死亡させる
-
1995年3月28日
平成7年判決 横浜地方裁判所が懲役2年執行猶予2年の判決を言い渡し確定
積極的安楽死が許容される4要件を提示した。
横浜地方裁判所
出典・公的資料
一次資料 1件 判決文・白書・調査報告書・法令など、原典にあたれる資料を掲載しています。
- その他
- 判決文・裁判記録
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「東海大学安楽死事件」事件データベース jiken.jp、2026年8月5日閲覧。https://jiken.jp/cases/1991-tokai-university-euthanasia-case/
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