殺人の事件
種別「殺人」の事件を発生日の新しい順に掲載しています。
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桶川ストーカー殺人事件
1999年(平成11年)10月26日、埼玉県桶川市のJR桶川駅前で女子大学生が、元交際相手の関係者らによって刺殺された事件。被害者は事件前から執拗な嫌がらせを受け上尾警察署に相談していたが対応は不十分で、事件後には捜査資料の改ざんも発覚し、警察の対応の問題が社会問題化した。この事件を契機に、2000年にストーカー行為等の規制等に関する法律(ストーカー規制法)が制定された。
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光市母子殺害事件
1999年(平成11年)4月14日、山口県光市の社宅アパートで、当時18歳の少年が排水管の点検を装って一室に侵入し、在宅していた主婦(当時23歳)に暴行を加えようとして抵抗されたため首を絞めて殺害し、さらに生後11か月の長女も殺害した事件。少年であることを理由に無期懲役とした一審・二審判決に対し、最高裁判所は2006年、審理を差し戻した。差し戻し後の広島高等裁判所は2008年4月、死刑を言い渡し、2012年2月に上告が棄却されて死刑が確定した。少年犯罪に対する量刑や、犯行時少年であった被告への死刑適用のあり方をめぐり、長期にわたり社会的な議論を呼んだ。
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和歌山毒物カレー事件
1998年7月25日夕方、和歌山市園部地区の夏祭り会場で提供されたカレーライスに何者かが亜ヒ酸を混入し、67人が急性ヒ素中毒を発症、4人が死亡した。近隣に住む女性が殺人・殺人未遂罪等で起訴され、2002年に和歌山地方裁判所が死刑判決を言い渡し、2009年5月に最高裁判所で死刑が確定した。直接証拠のない状況証拠中心の判決として、その後も再審請求が続いている。
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神戸連続児童殺傷事件
1997年(平成9年)2月から5月にかけて、神戸市須磨区で中学3年の少年(当時14歳)による児童連続殺傷事件が発生した。5月27日未明には殺害した男児(11歳)の遺体の一部が中学校正門に遺棄され、「酒鬼薔薇聖斗」を名乗る犯行声明が添えられていた。少年は同年6月28日に逮捕され、神戸家庭裁判所は同年10月13日、医療少年院送致を決定した。
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市川一家4人殺害事件
1992年(平成4年)3月5日夕方から翌6日朝にかけて、千葉県市川市のマンションに、当時19歳の少年が押し入り、会社役員の男性(当時42歳)とその妻(同36歳)、母親(同83歳)、次女(同4歳)の一家4人を殺害し、現金約34万円などを奪った強盗殺人事件。少年は暴力団関係者から要求された金の工面に窮していたとされる。少年は同年3月6日に逮捕され、2001年(平成13年)12月に最高裁判所で死刑判決が確定した。少年だった加害者の死刑執行は2017年(平成29年)12月19日に行われ、少年時の犯行に対する死刑執行としては1997年以来約20年ぶりとなった。
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坂本堤弁護士一家殺害事件
1989年(平成元年)11月4日未明、神奈川県横浜市磯子区洋光台の自宅で、オウム真理教の反社会性を追及していた弁護士(33歳)とその妻(29歳)、長男(1歳)が、教団幹部らによって殺害された。遺体は別々の場所の山中に埋められ、発見は事件から6年近く経った1995年になった。実行犯の教団幹部らは死刑判決を受け、2018年7月に刑が執行された。
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岩手県種市町妻子5人殺害事件
1989年(平成元年)8月9日朝、岩手県九戸郡種市町(現・洋野町)の民家で、元漁船員の男が就寝中の妻子5人を殺害した事件。控訴審で死刑判決を受けたが、被告人が上告中に病死し、公訴棄却により裁判は終結した。
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熊本母娘殺害事件
1985年(昭和60年)7月24日未明、熊本県上益城郡甲佐町の民家で、女性(当時63歳)とその養女(当時22歳)が、侵入した男に殺害された。加害者の男は、1962年の殺人罪で無期懲役の判決を受け仮釈放中だった。1999年、死刑が執行された。
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永山則夫連続射殺事件
1968年(昭和43年)10月11日から11月5日にかけて、東京・京都・北海道・愛知の4都道府県で、警備員やタクシー運転手ら男性4人が拳銃で相次いで射殺された事件。犯人は事件当時19歳の少年で、在日米軍基地から盗んだ拳銃を使用していた。少年は翌1969年4月、東京都内で逮捕された。
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少年ライフル魔事件
1965年(昭和40年)7月29日、神奈川県高座郡座間町で、当時18歳の少年が警察官を射殺して銃を奪い、東京都渋谷区の銃砲店に立てこもって警官隊と銃撃戦を繰り広げた。少年は逮捕され、1969年に死刑が確定、1972年に執行された。
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西口彰事件
1963年(昭和38年)10月18日から12月にかけて、西口彰(当時40歳)が福岡・静岡・東京で5人を殺害した連続殺人事件。西口は瀬戸内海で投身自殺を偽装して逃走を続け、翌1964年1月3日、熊本県で逮捕された。この事件は佐木隆三の小説「復讐するは我にあり」のモデルとなった。
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北海道拓殖銀行美深支店強盗殺人事件
1950年(昭和25年)4月2日未明、北海道中川郡美深町の北海道拓殖銀行美深支店に賊が侵入し、支店長夫妻・行員夫妻・支店長の娘2人の計6人に麻酔薬とみられる薬品を注射して眠らせたうえ、刃物で頸動脈などを切断して殺害し、現金108万円を奪った事件。幼児を含む多数の犠牲者と、麻酔薬の使用や頸動脈の切断という冷酷な手口から、2年前に東京で12人が毒殺された帝銀事件になぞらえて「第2の帝銀事件」と呼ばれた。捜査線上には延べ3千人が浮かんだが真犯人は特定できず、1965年4月2日、事件発生から15年で公訴時効が成立し、未解決事件となった。