薬害エイズ事件 通称: 血液製剤によるHIV感染

発生日 1985年5月30日(昭和60年) 1985年(昭和60年)の事件 / 5月30日に起きた事件
経過 発生から41年4か月 2008年3月3日の確定から18年7か月
発生場所 全国(HIV訴訟は東京地裁・大阪地裁)
種別 その他
状態 終結
  • 事件が変えた法律・制度和解を受けた1996年の薬事法改正で、治験の国際基準への適合、感染症の報告の義務化、緊急輸入制度の創設などが定められた。
  • 薬害・食品被害事件非加熱の血液製剤で血友病の患者らがHIVに感染した。1996年に国と製薬会社5社がHIV訴訟で和解し、厚生大臣が国の責任を認めて謝罪、薬事法の改正と「誓いの碑」の建立につながった。
1980年代、外国で採取された血液を原料とする非加熱の血液凝固因子製剤によって、血友病の患者らがエイズの原因となるHIV(ヒト免疫不全ウイルス)に感染した薬害事件。1985年(昭和60年)5月30日、厚生省の委員会が血友病患者3人をエイズ患者と認定した。凝固因子製剤による感染者は1,440人(2024年5月31日現在の全国調査)。国と製薬会社5社を相手にしたHIV訴訟は1996年3月29日に和解が成立し、厚生大臣は国の責任を認めて謝罪した。刑事裁判では元厚生省生物製剤課長の有罪が最高裁で確定し、事件は薬事法の改正や「誓いの碑」の建立につながった。
薬害エイズ事件を象徴する概念イラスト
※イメージ画像(生成AIによる概念イラストであり、実際の現場・関係者を写したものではありません)
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非加熱製剤と血友病患者

血友病は、血液を固めるはたらきをもつ凝固因子が生まれつき不足している病気で、当時の治療には、主にアメリカなど外国で採取された人の血液の血しょうを原料とする非加熱の第VIII因子製剤・第IX因子製剤が使われていた。1982年にアメリカでエイズが定義され、血友病患者の発症も報告されるようになると、血液製剤の投与がその原因ではないかという知見が広まった。厚生省は1983年6月にエイズ研究班を設けたが、加熱して病原体を不活化した製剤の緊急輸入などの対策はとられなかった。国内で初めてエイズ患者が認定されたのは1985年3月で、この症例は血液製剤によるものではなかった。最高裁判所の決定によると、厚生省の委員会は同年5月30日に血友病患者3人を、7月10日に2人をエイズ患者と認定し、このうち4人はすでに亡くなっていた。
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加熱製剤の承認と非加熱製剤の販売継続

加熱処理した第VIII因子製剤は1985年7月に、第IX因子製剤は同年12月に承認され、1986年1月までに販売が始まった。しかし、その後も非加熱製剤は回収されなかった。最高裁の決定によると、製薬会社のミドリ十字は加熱した第IX因子製剤の販売を始めたあとも非加熱製剤の販売を続け、そのうちの一部は大阪府の大学病院に納入された。1986年4月、肝臓の病気で入院していた患者にこの非加熱製剤が投与され、患者はHIVに感染して1995年12月に亡くなった。この患者は血友病の患者ではなかった。厚生白書(平成9年版)によると、1997年2月末までに報告されたHIV感染者のうち、血液製剤によるものは1,872人だった。

HIV訴訟と国の謝罪

1989年5月8日に大阪地方裁判所で、同年10月27日に東京地方裁判所で、HIVに感染した血友病の患者らが、国と血液製剤メーカー5社(ミドリ十字〈現・田辺三菱〉、バクスター〈現・武田〉、日本臓器、バイエル、化血研)を相手取って損害賠償を求める訴訟を起こした。両地裁は1995年10月6日に和解を勧告し、東京地裁は所見で、期待された有効な対策が遅れたため血友病患者のHIV感染という悲惨な被害の拡大につながったと述べた。厚生省は1996年1月に省内の調査プロジェクトを設け、2月には、それまで見つからなかったとされていた資料が見つかったと報告された。当時の厚生大臣は同年2月16日、和解勧告の所見が指摘した国の責任を認め、原告に謝罪した。3月29日、東京・大阪の両地裁で118人の和解が成立した。和解の一時金は1人4,500万円で、国が4割、製薬会社が6割を負担する。確認書で厚生大臣と製薬会社は原告らに深く衷心よりおわびし、国は同様の被害を再び発生させることがないよう最善、最大の努力を重ねることを確約した。和解した患者は、2025年12月末までに約1,400人に上る。

刑事裁判

1996年8月から10月にかけて、帝京大学の元副学長、ミドリ十字の歴代社長3人、元厚生省薬務局生物製剤課長が業務上過失致死の罪で相次いで起訴された。帝京大学の元副学長は、同大学病院の血友病患者に非加熱製剤を投与して死亡させたとして起訴されたが、東京地裁は2001年3月に無罪を言い渡した。検察は控訴したが、控訴審は被告人の心神喪失を理由に公判が停止され、有罪・無罪の最終的な判断は示されていない。ミドリ十字の歴代社長3人は、2000年2月の大阪地裁判決でいずれも実刑とされ、2002年8月の大阪高裁判決で刑が軽くされた(1人は一審判決後に死亡し、公訴が棄却された)。元厚生省生物製剤課長は、2001年9月の東京地裁判決で、帝京大学病院の患者の件は無罪、大阪の患者の件は有罪として禁錮1年・執行猶予2年とされた。2008年3月3日、最高裁判所は上告を棄却して有罪が確定した。最高裁は、重大な危険が存在する状況では、課長には薬務行政上その防止のために必要かつ十分な措置を採るべき義務があったとして、刑事上の過失を認めている。

薬事行政の見直し

和解を受けて、1996年6月に薬事法などの改正法が成立し、1997年4月に施行された。改正法は、医薬品の治験を国際的な基準に適合させること、製造業者などに感染症の報告を義務づけること、緊急時に医薬品を輸入する制度を設けることなどを定めた。厚生省は薬務局を再編し、医薬品の審査体制を強化した。和解に基づく恒久対策として、国はエイズ治療・研究開発センターと全国の拠点病院を整備し、エイズを発症した被害者には月額15万円の健康管理手当を支給している。1999年8月24日、厚生省は正面玄関前に「誓いの碑」を建てた。碑文は、千数百名もの感染者を出した「薬害エイズ」事件の発生を反省してこの碑を建立したと記し、サリドマイド、スモン、HIV感染のような医薬品による悲惨な被害を再び発生させないよう、医薬品の安全性・有効性の確保に最善の努力を重ねていくことを銘記している。

その後

凝固因子製剤による感染者は、2024年5月31日現在の全国調査で1,440人(日本国籍1,422人、外国国籍18人)とされている。この感染者は、エイズ予防法に基づく通常の発生動向の集計には含まれていない。厚生労働省は2016年から、被害者が受けられる支援をまとめた「血友病薬害被害者手帳」を配布しており、和解から30年となる2026年3月に第2版を出した。被害者は高齢化が進み、抗HIV薬の副作用やC型肝炎などの病気を抱える人も多い。毎年8月24日前後には、薬害の被害者団体が誓いの碑の前で厚生労働大臣に要望書を手渡している。

審理・経過の流れ

  1. 事件・事故 1985年5月30日
  2. 公判 1989年5月8日 +1,439日
  3. 公判 1989年10月27日 +172日
  4. 公判 1995年10月6日 +2,170日
  5. 起訴 1996年10月 +361日
  6. 判決 2000年2月24日 +1,241日
  7. 判決 2001年3月28日 +398日
  8. 判決 2001年9月28日 +184日
  9. 判決 2002年8月21日 +327日
  10. 判決 2005年3月25日 +947日
  11. 判決 2008年3月3日 +1,074日

経過

  1. 1983年6月
    昭和58年

    捜査 厚生省がエイズ研究班を設置

  2. 1985年5月30日
    昭和60年

    事件・事故 厚生省の委員会が血友病患者3人をエイズ患者と認定

    7月10日にも2人を認定。うち4人はすでに死亡

  3. 1985年7月
    昭和60年

    その他 加熱第VIII因子製剤を承認

  4. 1986年4月1日
    昭和61年

    その他 大阪の病院で非加熱製剤が投与される

    肝疾患の患者。HIVに感染し1995年12月に死亡

  5. 1989年5月8日
    平成元年

    公判 大阪HIV訴訟を提起

    大阪地方裁判所

  6. 1989年10月27日
    平成元年

    公判 東京HIV訴訟を提起

    東京地方裁判所

  7. 1995年10月6日
    平成7年

    公判 東京・大阪地裁が和解を勧告

  8. 1996年2月16日
    平成8年

    その他 厚生大臣が国の責任を認め原告に謝罪

  9. 1996年3月29日
    平成8年

    その他 HIV訴訟の和解が成立

    東京・大阪で118人

  10. 1996年6月
    平成8年

    その他 改正薬事法が成立

    1997年4月施行

  11. 1996年10月
    平成8年

    起訴 元厚生省課長とミドリ十字の歴代社長らを起訴

    帝京大学の元副学長は同年9月に起訴

  12. 1999年8月24日
    平成11年

    その他 厚生省前に「誓いの碑」を建立

  13. 2000年2月24日
    平成12年

    判決 ミドリ十字の歴代社長3人に実刑判決

    大阪地方裁判所

  14. 2001年3月28日
    平成13年

    判決 帝京大学の元副学長に無罪判決

    検察が控訴。控訴審は被告人の心神喪失で公判停止

    東京地方裁判所

  15. 2001年9月28日
    平成13年

    判決 元厚生省課長に禁錮1年・執行猶予2年の判決

    帝京大学病院の患者の件は無罪

    東京地方裁判所

  16. 2002年8月21日
    平成14年

    判決 大阪高裁がミドリ十字の元社長らの刑を軽減

    大阪高等裁判所

  17. 2005年3月25日
    平成17年

    判決 東京高裁が元厚生省課長の控訴審で双方の控訴を棄却

    東京高等裁判所

  18. 2008年3月3日
    平成20年

    判決 最高裁が上告を棄却し元厚生省課長の有罪が確定

    最高裁判所第二小法廷 (事件番号: 平成17年(あ)第947号)

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「薬害エイズ事件」事件JP、2026年10月27日閲覧。https://jiken.jp/cases/1985-hiv-tainted-blood/
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更新履歴

  • 2026年10月12日 初版公開

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