薬害肝炎事件 通称: 薬害C型肝炎事件

発生日 1987年4月20日(昭和62年) 1987年(昭和62年)の事件 / 4月20日に起きた事件
経過 発生から39年6か月
発生場所 全国(集団発生が判明したのは青森県三沢市)
種別 その他
状態 終結
  • 事件が変えた法律・制度2008年に議員立法でC型肝炎救済特別措置法が成立し、給付金制度ができた。2009年の肝炎対策基本法の前文には、被害の拡大を防げなかった国の責任が明記された。
  • 薬害・食品被害事件止血用の血液製剤でC型肝炎ウイルスに感染した薬害。5地裁の判断が分かれるなか、2008年に議員立法の救済特措法で一律救済が実現し、国は被害の拡大を防げなかった責任を認めた。
出産や手術での大量出血などの際に止血の目的で投与された血液製剤(フィブリノゲン製剤・血液凝固第IX因子製剤)によって、多くの人がC型肝炎ウイルスに感染した薬害事件。1987年(昭和62年)、青森県三沢市でフィブリノゲン製剤を投与された患者に肝炎が多発していることが厚生省に報告され、4月20日に製薬会社が非加熱製剤の回収を始めた。2002年からの全国5地裁の訴訟は国の責任について判断が分かれたが、2008年1月に議員立法でC型肝炎救済特別措置法が成立し、国は被害の拡大を防げなかった責任を認めた。給付金の対象として和解などが成立した人は2,647人(2026年9月末現在)。
薬害肝炎事件を象徴する概念イラスト
※イメージ画像(生成AIによる概念イラストであり、実際の現場・関係者を写したものではありません)
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血液製剤とC型肝炎

フィブリノゲン製剤は、血液を固める成分であるフィブリノゲンを人の血しょうから取り出した製剤で、1964年に製造が承認された。承認された効能は低フィブリノゲン血症の治療だったが、出産や手術の際の大量出血の止血などにも広く使われた。法務省の資料によると、旧ミドリ十字社の製剤は1964年と1976年に承認され、1987年4月には加熱処理をした製剤が承認された。血液凝固第IX因子製剤は1972年以降、旧ミドリ十字社と日本製薬の製剤が承認されている。厚生労働省の2002年の調査報告書によると、フィブリノゲン製剤が製造された数量はおよそ120万本、納入された医療機関はおよそ7,000に上る。これらの製剤の投与によってC型肝炎ウイルスに感染した人が、のちの救済の対象となった。輸血用の血液製剤による感染は対象に含まれない。
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1987年 青森県での集団発生

厚生労働省の2002年の調査報告書によると、1987年1月、青森県三沢市の診療所から厚生省に、フィブリノゲン製剤を投与した8例のうち7例で肝炎が発生しているという連絡があった。厚生省は3月26日、旧ミドリ十字社に青森県内の肝炎事故に関する調査を指示した。同社は4月20日に非加熱製剤の回収を始め、同じ日に加熱製剤の承認を申請し、加熱製剤は4月30日に承認された。2010年に厚生労働省の検討委員会がまとめた最終提言は、この加熱製剤の承認が審査期間10日間、臨床試験7例という短期間の審査で行われたことを指摘している。報告書によると、旧ミドリ十字社が1987年7月に厚生省に報告した肝炎の症例数は、同社が実際に把握していた数より少なかった。加熱製剤でも肝炎の発生が報告されたため、厚生省は1988年6月に緊急安全性情報の配布を指示した。2002年の調査報告書では、フィブリノゲン製剤の投与後に肝炎が発生した例は、同年3月時点の製薬会社の推計で10,594例とされている。

全国5地裁の訴訟と分かれた判断

2002年10月、感染した人たちが国と製薬会社を相手取り、東京地方裁判所と大阪地方裁判所に損害賠償を求める訴えを起こした。訴訟は2003年に福岡・仙台・名古屋の各地裁にも広がった。5つの地裁の判決は、2006年6月21日の大阪地裁から2007年9月7日の仙台地裁まで相次いで言い渡されたが、国の責任を認めるかどうか、認める場合の期間について判断が分かれた。法務省の資料によると、大阪・福岡の判決はフィブリノゲン製剤の適応を限定しなかったことを違法とし、東京・名古屋の判決は医療機関への指示・警告をさせなかったことを違法とした。名古屋地裁は第IX因子製剤についても国の責任を認めたが、仙台地裁は国の責任を認めなかった。このうち東京地裁判決は、1987年4月から1988年6月23日までの間にフィブリノゲン製剤の投与を受けた原告6人について国の賠償責任を認めた。国は各地の判決に対して控訴した。

議員立法による一律救済

控訴審では大阪高裁で和解の協議が行われたが、政府が裁判所の和解骨子案をもとに示した案は原告側に受け入れられなかった。2007年12月23日、当時の首相は議員立法による全面的な解決を決断した。法案は2008年1月8日に衆議院厚生労働委員会の提出法案として衆議院で可決され、1月11日に参議院で、両院とも全会一致で成立した。同日の首相談話は、被害の拡大を防止できなかったことについて率直に国の責任を認めなければならないと述べ、被害者と遺族に心からおわびした。1月15日には国と全国原告団・弁護団が基本合意書に調印し、1月16日にC型肝炎救済特別措置法が公布・施行された。給付金は、肝がん・肝硬変・死亡の場合が4,000万円、慢性肝炎が2,000万円、症状のない感染者が1,200万円で、投与の時期を問わず一律に支給される。給付を受けるには国を相手に訴訟を起こし、和解などで製剤の投与と感染の事実を確認する必要がある。

418人の症例リストの問題

訴訟が続いていた2007年10月19日、厚生労働省が2002年に製薬会社への報告命令で集めた、フィブリノゲン製剤の投与でC型肝炎になった418人の症例一覧表などの資料のうち、存在しないと思われていたマスキングのない資料が、省内の地下倉庫から見つかった。調査プロジェクトチームの報告によると、患者への告知は医師がすでにしているはずだとの認識から、当時の職員は患者個人への告知を検討していなかった。同省の調査プロジェクトチームは同年11月、国は患者の視点に立って告知に関する配慮があってしかるべきであり、反省すべきだとした。2010年の最終提言も、患者の特定や告知に向けた取り組みが一切なされなかったと指摘している。厚生労働省は2004年12月に、フィブリノゲン製剤を納入した約7,000の医療機関名を公表していた。

再発防止と現在

2008年5月、厚生労働省に「薬害肝炎事件の検証及び再発防止のための医薬品行政のあり方検討委員会」が設けられ、2010年4月28日に最終提言をまとめた。提言は、医薬品行政を監視・評価する第三者組織の創設や、薬害に関する資料の収集・公開、患者からの副作用報告の制度化などを求めた。2009年12月には肝炎対策基本法が公布され、その前文には、薬害肝炎事件について国が被害の拡大を防止し得なかった責任を認めたことが明記された。給付金の請求期限は3回の法改正で延長され、現在は2028年1月17日までとなっている。厚生労働省によると、2026年9月末までに3,598人が提訴し、2,647人について和解などが成立した。総給付額は609億円で、このうち企業の負担は297億円である。一方、カルテなどが残っておらず製剤の投与を証明できない人の救済は難しく、投与の事実が認められないとして請求が退けられた判決もある。

審理・経過の流れ

  1. 事件・事故 1987年4月20日
  2. 公判 2002年10月 +5,643日
  3. 判決 2006年6月21日 +1,359日
  4. 判決 2006年8月30日 +70日
  5. 判決 2007年3月23日 +205日
  6. 判決 2007年7月31日 +130日
  7. 判決 2007年9月7日 +38日

経過

  1. 1964年6月9日
    昭和39年

    その他 フィブリノゲン製剤が初めて製造承認される

  2. 1987年1月
    昭和62年

    その他 青森県三沢市の診療所が肝炎の多発を厚生省に連絡

    フィブリノゲン製剤を投与した8例中7例

  3. 1987年4月20日
    昭和62年

    事件・事故 旧ミドリ十字社が非加熱製剤の回収を開始

    同日に加熱製剤の承認を申請

  4. 1987年4月30日
    昭和62年

    その他 加熱製剤が承認される

    審査期間は10日間

  5. 2002年8月29日
    平成14年

    捜査 厚生労働省がフィブリノゲン製剤の調査報告書を公表

    肝炎発生の推計10,594例

  6. 2002年10月
    平成14年

    公判 東京・大阪で国と製薬会社を相手に提訴

    のちに全国5地裁へ

  7. 2004年12月
    平成16年

    その他 フィブリノゲン製剤の納入医療機関名を公表

    約7,000施設

  8. 2006年6月21日
    平成18年

    判決 大阪地裁が国の責任を一部認める判決

    大阪地方裁判所

  9. 2006年8月30日
    平成18年

    判決 福岡地裁が国の責任を一部認める判決

    福岡地方裁判所

  10. 2007年3月23日
    平成19年

    判決 東京地裁が国の責任を一部認める判決

    原告15人のうち6人について国の責任を認定

    東京地方裁判所

  11. 2007年7月31日
    平成19年

    判決 名古屋地裁が国の責任を一部認める判決

    第IX因子製剤についても国の責任を認定

    名古屋地方裁判所

  12. 2007年9月7日
    平成19年

    判決 仙台地裁は国の責任を認めず

    仙台地方裁判所

  13. 2007年10月19日
    平成19年

    その他 418人の症例一覧表に関する資料が地下倉庫で見つかる

  14. 2007年12月23日
    平成19年

    その他 当時の首相が議員立法による全面解決を決断

  15. 2008年1月11日
    平成20年

    その他 C型肝炎救済特別措置法が全会一致で成立

  16. 2008年1月15日
    平成20年

    その他 国と全国原告団・弁護団が基本合意書に調印

  17. 2008年1月16日
    平成20年

    その他 C型肝炎救済特別措置法が公布・施行される

    平成20年法律第2号

  18. 2010年4月28日
    平成22年

    捜査 検討委員会が再発防止の最終提言をまとめる

出典・公的資料

一次資料 9件 判決文・白書・調査報告書・法令など、原典にあたれる資料を掲載しています。

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「薬害肝炎事件」事件JP、2026年10月27日閲覧。https://jiken.jp/cases/1987-drug-induced-hepatitis-c/
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更新履歴

  • 2026年10月12日 初版公開

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