大阪府の殺人・強盗・災害など事件一覧(15件)
大阪府で発生した事件を発生日の新しい順に掲載しています。
15 件
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北新地ビル放火殺人事件
2021年(令和3年)12月17日午前10時18分頃、大阪市北区曽根崎新地の雑居ビル4階にある心療内科クリニックで、通院患者の男がガソリンをまいて放火した事件。院長やスタッフ、通院患者ら26人が死亡し、放火した男自身も約2週間後に入院先で死亡した。警察の捜査で、男が事件の10か月以上前からクリニックの様子を記録するなど計画的に準備していたことが判明したが、容疑者が死亡したため刑事責任を問うことはできず、捜査は終結した。多数の人が集まる施設の防火・防犯対策のあり方に一石を投じた事件である。
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大阪府北部地震
2018年(平成30年)6月18日午前7時58分ごろ、大阪府北部を震源とするマグニチュード6.1の地震が発生し、大阪府内で最大震度6弱を観測した。高槻市立小学校のブロック塀が倒壊して登校中の女児が死亡するなど、大阪府内で6人が死亡した。ブロック塀の安全性を巡る全国的な点検・対策の契機となった。
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桜宮高校バスケットボール部体罰自殺事件
大阪市立桜宮高校バスケットボール部の男子生徒が、顧問から日常的に体罰を受けた末に自殺した事件。学校における体罰のあり方が全国的な議論となった。
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大阪心斎橋通り魔殺人事件
2012年(平成24年)6月10日、大阪市中央区の心斎橋筋商店街で、男が刃物で通行人を次々に切りつけ、2人が死亡した事件。加害者は出所直後で社会に居場所がないことを苦にしていたとされる。
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大阪地検特捜部主任検事証拠改ざん事件
2010年(平成22年)9月21日、朝日新聞のスクープにより、大阪地検特捜部の前田恒彦主任検事が、厚生労働省の郵便不正事件で起訴されていた村木厚子元局長の裁判の証拠物であるフロッピーディスクのデータを改ざんしていたことが発覚した事件。前田検事は同日中に証拠隠滅容疑で逮捕され、上司の特捜部長・副部長も事件の隠蔽を図ったとして逮捕された。
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大阪個室ビデオ店放火事件
2008年(平成20年)10月1日未明、大阪市浪速区の雑居ビル1階にあった個室ビデオ店で火災が発生し、店内にいた客や従業員のうち16人が一酸化炭素中毒などで死亡した事件。当時46歳の男が、自ら利用していた個室に放火したとして現住建造物等放火・殺人容疑で逮捕された。
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泉南郡熊取町小4女児誘拐事件
2003年(平成15年)5月20日午後、大阪府泉南郡熊取町で、下校途中の小学4年生の女児(当時9歳)が行方不明になった。大阪府警は未成年者略取誘拐事件として捜査を続けているが、2026年現在も所在は確認されておらず、長期未解決事件となっている。捜査特別報奨金制度による情報提供の呼びかけが続けられている。
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堺市通り魔事件
1998年(平成10年)1月8日朝、大阪府堺市の路上で、シンナーを吸引し幻覚状態にあった19歳の無職少年が、登校中の女子高校生の背中を包丁で刺したのち、逃げる途中で幼稚園バスを待っていた5歳の女児とその母親も刺した通り魔事件。女児は死亡し、女子高生と母親は重傷を負った。少年は殺人罪などに問われ、大阪地方裁判所堺支部は心神耗弱を認めて求刑の無期懲役に対し懲役18年を言い渡し、控訴・上告を経て2002年(平成14年)に判決が確定した。少年事件の匿名報道のあり方をめぐる議論のきっかけともなった。
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東住吉事件
1995年7月22日、大阪市東住吉区の住宅駐車場で火災が発生し、入浴中だった当時11歳の女児が死亡した。学資保険金目的の放火殺人の疑いで女児の母親と内縁の夫が同年に逮捕・起訴され、1999年に無期懲役判決が確定した。しかし自白の任意性・信用性への疑義から再審請求がなされ、大阪地方裁判所は2012年に再審開始を決定。2016年8月の再審判決で両名に無罪が言い渡され、検察が控訴権を放棄して確定した。
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グリコ・森永事件
1984年3月、江崎グリコ社長が誘拐されたことを発端に、「かい人21面相」を名乗る犯人グループが森永製菓・丸大食品・ハウス食品・不二家など複数の食品会社を標的に、青酸ソーダ入りの菓子をばらまくと脅迫を繰り返した広域企業脅迫事件(警察庁広域重要指定114号事件)。1985年8月に終息宣言が送られた後、犯行は途絶え、2000年に全事件の公訴時効が成立し、警察庁広域重要指定事件として初の未解決事件となった。
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千日デパート火災
1972年(昭和47年)5月13日深夜、大阪市南区(現・中央区千日前)の千日デパートビルで火災が発生し、118人が死亡、81人が負傷した。戦後日本のビル火災として最悪の惨事となったが、出火原因は特定に至らず、逮捕された工事関係者も証拠不十分で不起訴となった。この火災を契機に、雑居ビルの防火・避難対策に関する法整備が進んだ。
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天六ガス爆発事故
1970年(昭和45年)4月8日、大阪市大淀区(現・北区)の大阪市営地下鉄谷町線延長工事現場で都市ガス管の継手が抜け、漏洩したガスに引火して爆発が発生した。大阪万博開催中に起きた戦後最大級の都市型災害で、死者79人、重軽傷者420人を出し、施工業者や大阪市交通局の職員が刑事責任を問われた。
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吹田・枚方事件
1952年(昭和27年)6月24日から25日にかけて、朝鮮戦争開戦2周年を機に、大阪府吹田市では労働者・学生・在日朝鮮人らが国鉄吹田操車場に突入して警察官と衝突し(吹田事件)、同時期に枚方市では旧陸軍工廠の施設が爆破される事件が発生した(枚方事件)。血のメーデー事件・大須事件と並ぶ戦後三大騒擾事件の一つとされる。吹田事件では111人が騒擾罪などで起訴されたが、1972年3月17日の最高裁判決で騒擾罪の不成立が確定した。
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禁野火薬庫爆発事故
1939年(昭和14年)3月1日午後2時45分頃、大阪府枚方市の陸軍禁野火薬庫で、砲弾解体作業中に発火し大爆発が発生した。爆発は同日19時までに計29回起き、火災は3日正午まで続いた。死者94人、負傷者602人、全半壊家屋821戸という大惨事となり、枚方市は1989年、3月1日を「平和の日」に制定した。
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藤田組贋札事件
1879年(明治12年)9月15日、大阪の政商・藤田組本店に家宅捜索が入り、藤田伝三郎ら7人が贋札製造の疑いで拘引された事件。証拠不十分で釈放されたが、3年後に神奈川県の熊坂長庵が真犯人として逮捕された。薩摩閥による長州系政商追い落としの政治的思惑が背景にあったとされる。
出典: https://jiken.jp/pref/osaka/(2026-09-15 取得)/ 事件JP