京都府の殺人・強盗・災害など事件一覧(11件)
京都府で発生した事件を発生日の新しい順に掲載しています。
11 件
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南丹市男児殺害事件
2026年(令和8年)3月23日、京都府南丹市の公衆トイレで男子児童(当時11歳)が養父の男(37)に首を絞められ殺害された事件。遺体は市内数カ所に移された後、山林に遺棄され、4月13日に発見された。京都地検は5月28日、養父を殺人と死体遺棄の罪で起訴した。
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京都アニメーション放火殺人事件
2019年7月18日午前、京都市伏見区のアニメ制作会社「京都アニメーション」第1スタジオに男がガソリンをまいて放火し、従業員ら36人が死亡、32人が負傷した。男は事件当日に身柄を確保されたが重傷のため長期入院し、2020年5月に正式逮捕、同年12月に殺人罪等で起訴された。2024年1月、京都地方裁判所は死刑を言い渡し、被告本人の控訴取り下げにより2025年1月に死刑が確定した。
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王将社長射殺事件
京都市の「餃子の王将」本社前で、代表取締役社長の大東隆行さんが拳銃で射殺された事件。指定暴力団幹部の男が殺人罪などに問われている。
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2013年福知山花火大会露店爆発事故
2013年(平成25年)8月15日午後7時半ごろ、京都府福知山市の由良川河川敷で開かれていた「ドッコイセ福知山花火大会」の会場で、ベビーカステラを販売する露店が爆発・炎上した。発電機に給油しようとした店主がガソリン携行缶の蓋を開けた際、高温で内圧が上がっていた缶からガソリンが噴き出して引火し、見物客を巻き込んだ。3人が死亡し、多数が重軽傷を負った。露店の店主は業務上過失致死傷などの罪に問われ、京都地裁で法定刑の上限にあたる禁錮5年の実刑判決を受けた。事故を受けて消防法施行令と火災予防条例(例)が改正され、屋外の催しにおける消火器の準備や露店の届出、大規模催しの「指定催し」制度が新設された。大会は11年間中止され、2024年に規模を縮小して再開された。
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亀岡暴走事故
2012年(平成24年)4月23日、京都府亀岡市で、集団登校中の児童と保護者の列に軽自動車が突っ込み、児童2人と引率していた妊娠中の女性の合わせて3人が死亡し、7人が重軽傷を負った事故。運転していたのは無免許の少年だった。
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京都祇園軽ワゴン車暴走事故
2012年(平成24年)4月12日、京都市東山区祇園の四条通交差点に軽ワゴン車が突入し、横断中の歩行者らを次々にはねながら約200メートル暴走した。運転手を含む8人が死亡、11人が重軽傷を負い、単独の交通事故としては近年まれにみる被害規模となった。運転手には持病のてんかんがあり、発作により意識障害の状態で運転していた可能性が指摘された。運転手自身も事故で死亡したため刑事責任は問われず、京都地検は被疑者死亡のまま不起訴とした。この事故は免許の取得・更新時における病状申告のあり方を問う契機となり、2013年の道路交通法改正や、病気に起因する死傷事故を危険運転致死傷罪の対象に加えた自動車運転死傷行為処罰法の制定につながった。
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舞鶴高1女子殺害事件
2008年(平成20年)5月、京都府舞鶴市で高校1年の女子生徒が行方不明になった後、遺体で発見された事件。1審は無期懲役としたが、控訴審で逆転無罪となり、2014年に最高裁で無罪が確定した。
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長岡京ワラビ採り殺人事件
1979年(昭和54年)5月23日、京都府長岡京市内のスーパーマーケットでパート勤務していた主婦2人が、勤務終了後に近隣の竹林へワラビ採りに向かったまま行方不明となった。2日後の5月25日、山中で2人の遺体が発見された。1人は絞殺、もう1人は刺殺されており、いずれも全身に多数の殴打痕が残る凄惨な犯行だった。被害者の1人が身につけていたレシートの裏には、鉛筆で「オワレている たすけて下さい この男の人わるい人」と走り書きされており、犯行直前まで抵抗していたことをうかがわせた。京都府警察は複数の重要参考人を捜査したが犯人の特定に至らず、1994年5月24日に公訴時効が成立し、事件は未解決のまま今日に至っている。
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平安神宮放火事件
1976年(昭和51年)1月6日未明、京都市左京区の平安神宮で、新左翼活動家の男が内拝殿に放火し、本殿など主要な社殿が全焼した。祭神である桓武天皇の政治を批判する独自の主張が動機とされる。放火罪に問われた男の裁判では、社殿全体が一個の「現住建造物」に当たるかが争点となり、1989年7月14日に最高裁判所第三小法廷が上告を棄却し、現住建造物等放火罪の成立を認めて有罪が確定した。この判例は、複数の建物が渡り廊下等で接続された建造物の一体性を判断する基準を示した重要な先例として、刑法学で広く参照されている。
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金閣寺放火事件
1950年(昭和25年)7月2日未明、京都市の鹿苑寺(金閣寺)で、同寺の徒弟僧(当時21歳)が国宝の舎利殿(金閣)に放火し全焼させた事件。人的被害はなかったが、足利義満坐像など国宝の寺宝も焼失した。三島由紀夫の小説「金閣寺」のモチーフになったことでも知られる。
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第一次大本事件
1921年(大正10年)2月12日、宗教団体「大本」の本部(京都府綾部市)に警察官約200人が家宅捜索に入り、教主・出口王仁三郎ら幹部を不敬罪・新聞紙法違反の容疑で検挙した。大本の教義が皇室の権威を脅かすとみなされたことが背景にあり、王仁三郎は保釈後の一審で懲役5年の判決を受けたが、大審院に係属中の1927年、大正天皇の大喪に伴う恩赦により裁判手続が打ち切られた。
出典: https://jiken.jp/pref/kyoto/(2026-09-15 取得)/ 事件JP