第一次大本事件

発生日 1921年2月12日(大正10年)
経過 発生から105年6か月
発生場所 京都府 綾部市(大本本部)
種別 その他
状態 終結
1921年(大正10年)2月12日、宗教団体「大本」の本部(京都府綾部市)に警察官約200人が家宅捜索に入り、教主・出口王仁三郎ら幹部を不敬罪・新聞紙法違反の容疑で検挙した。大本の教義が皇室の権威を脅かすとみなされたことが背景にあり、王仁三郎は保釈後の一審で懲役5年の判決を受けたが、大審院に係属中の1927年、大正天皇の大喪に伴う恩赦により裁判手続が打ち切られた。
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事件の背景

「大本」は出口なおを開祖とし、出口王仁三郎が事実上の指導者として教勢を拡大した宗教団体である。政府は、大本が重視した神「艮の金神(うしとらのこんじん)」の教えなどが皇室の権威をおびやかすとみなし、1920年には教典の発禁処分や、開祖の墓所の改変命令などの圧力を強めていた。出口王仁三郎は、大本の教義の中核であった「立替え立直し」という終末論的な世直し思想の説教者として知られており、既成の社会秩序を相対化しかねないその思想内容が、天皇制国家の統治原理と衝突するとみなされたことが、政府による弾圧の背景にあった。
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大本という教団

大本は出口なおが明治期に開いた教団を、女婿の出口王仁三郎が組織化・拡大したもので、大正期には全国に多数の信者を抱える一大宗教運動に成長していた。機関誌の発行や積極的な布教活動により社会的な影響力を強める一方、既成の国家秩序と相容れない教義的要素が、政府・軍部から警戒される要因となっていた。

検挙の経緯

1921年2月12日午前、京都府警察部の藤沼庄平の直接指揮のもと、約200人の警察官が京都府綾部市の大本本部に踏み込んだ。逮捕状は当時の平沼騏一郎検事総長の名で出されており、王仁三郎ら幹部が不敬罪・新聞紙法違反の容疑で検挙された。検挙当日、綾部の大本本部周辺は多数の警察官によって包囲され、信者らは動揺しながらも大きな抵抗をすることなく捜索を受け入れたと伝えられている。押収された教団関連資料は、その後の裁判における不敬罪立証の根拠として用いられた。

出口王仁三郎という人物

出口王仁三郎は、開祖・出口なおの娘婿として大本に入り、卓越した弁舌と組織力で教団を急速に拡大させた宗教家である。皇道大本の名で国家主義的な言説も展開する一方、既存の国家秩序を超越した世界観を説いたことが、時の政府から二重の意味で警戒される結果を招いたとされる。

裁判の経過

王仁三郎は126日間の勾留を経て保釈され、同年10月5日の一審判決で懲役5年の判決を受けた。裁判は大審院まで係属したが、1927年、大正天皇の大喪に伴う恩赦により裁判手続が打ち切られ、事件は終結した。大本はその後も活動を続けたが、1935年には第二次大本事件として再び治安維持法等による大規模な弾圧を受けている。

大本教団への影響

事件を受け、大本本部の神殿の一部が破壊されるなど、教団施設にも直接の被害が及んだ。それでもなお大本は解散せず活動を継続し、王仁三郎は昭和期に入っても影響力を保ち続けた。しかし1935年には、治安維持法の適用による第二次大本事件で再び大規模な弾圧を受け、教団施設は徹底的に破壊されることとなった。

事件の位置づけ

第一次大本事件は、天皇の権威に関わる教義を理由に宗教団体が国家権力による捜査・訴追を受けた戦前期の代表的な事例として知られる。不敬罪という罪名自体は、1947年の刑法改正によって削除された。第一次大本事件は、大正期における国家権力と新興宗教との緊張関係を象徴する出来事として、宗教学・法制史の研究対象となっており、信教の自由と国家の宗教政策との関係を考えるうえで、しばしば参照される事例である。大本はその後、教団名を改めるなどの変遷を経て今日まで存続しており、教団史においても第一次大本事件は組織の性格を大きく規定した出来事として位置づけられている。

審理・経過の流れ

  1. 逮捕 1921年2月12日
  2. 判決 1921年10月5日 +235日

経過

  1. 1921年2月12日
    大正10年

    逮捕 大本本部への家宅捜索と幹部の検挙

    警察官約200人が大本本部に踏み込み、出口王仁三郎ら幹部を検挙した。

  2. 1921年10月5日
    大正10年

    判決 一審が懲役5年の判決

    出口王仁三郎に懲役5年の判決が言い渡された。

  3. 1927年
    昭和2年

    その他 恩赦により裁判手続が打ち切られる

    大正天皇の大喪に伴う恩赦により、大審院に係属していた裁判手続が打ち切られた。

出典・公的資料

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「第一次大本事件」事件JP、2026年9月8日閲覧。https://jiken.jp/cases/1921-first-omoto-incident/

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更新履歴

  • 2026年8月19日 初版公開

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