1972年の事件・出来事 昭和47年

この年に発生した事件・事故(5件)

  • 1972年2月29日 (昭和47年) 東京都 災害 終結

    八丈島東方沖地震

    1972年(昭和47年)2月29日午後6時23分ごろ、八丈島東方沖を震源とするマグニチュード7.0の地震が発生し、八丈島で震度5を観測した。家屋の一部破損271棟、道路の破損258か所、崖崩れ16か所などの被害が出た。同年12月4日にも同じ海域でマグニチュード7.2の地震が発生し、八丈島で24年ぶりとなる震度6を観測した。

  • 1972年4月4日 (昭和47年) 東京都 汚職・政治事件 判決確定

    外務省秘密漏洩事件

    1972年(昭和47年)4月4日、毎日新聞政治部記者の西山太吉が、1971年の沖縄返還協定に伴う日米間の密約(米軍施設の原状回復補償費の日本側肩代わり)を示す外務省の極秘電信文案を、外務省の女性事務官から入手し社会党議員に渡して国会で暴露させたとして、事務官とともに国家公務員法違反(秘密漏示のそそのかし・守秘義務違反)容疑で逮捕された事件。東京地裁は西山を無罪としたが、東京高裁で逆転有罪となり、1978年5月31日、最高裁が上告を棄却する決定を出して有罪が確定した。最高裁の決定は取材の自由の重要性自体は認めつつ、取材の手段が著しく反社会的な場合には違法性を帯びるとの基準を示し、国家秘密と国民の「知る権利」をめぐる代表的判例となった。

  • 1972年5月13日 (昭和47年) 大阪府 事故 判決確定

    千日デパート火災

    1972年(昭和47年)5月13日夜、大阪市南区(現・中央区千日前)の千日デパートビル3階から出火し、煙が流れ込んだ7階のアルバイトサロン「プレイタウン」を中心に118人が死亡、81人が負傷した。戦後日本のビル火災として最悪の惨事。出火原因は特定されず、逮捕された工事監督は不起訴となったが、防火管理の責任を問われたデパートの管理課長ら3人の有罪が1990年に確定した。この火災を契機に、雑居ビルの防火・避難対策に関する法整備が進んだ。

  • 1972年7月5日 (昭和47年) 高知県 災害 終結

    繁藤災害

    1972年7月5日、昭和47年7月豪雨のさなか、高知県香美郡土佐山田町繁藤(現在の香美市)で起きた大規模な山崩れ。記録的な集中豪雨の中、早朝の小さな山崩れで生き埋めになった消防団員を救出していた人たちを、午前10時55分ごろに起きた大崩壊が直撃し、消防団員や町職員、救助に協力していた住民、取材中の記者らが犠牲になった。死者は60人、負傷者は8人にのぼった。救助活動中に被災した「二次災害」として、国会でも消防・防災のあり方が問われた。

  • 1972年11月6日 (昭和47年) 福井県 事故 判決確定

    北陸トンネル火災事故

    1972年(昭和47年)11月6日未明、福井県敦賀市の北陸本線・北陸トンネル内を走行中の急行「きたぐに」の食堂車から出火し、乗客乗員約760人のうち30人が死亡、714人が負傷した。当時の運転規程に従って列車がトンネル内で停止し、その後の停電で動けなくなったうえ、トンネルには換気・排煙設備がなかったため煙が充満して被害が拡大した。運輸省の命令による国鉄監査委員会の特別監査報告書は事故の責任が国鉄にあると結論づけ、以後の車両の難燃化や長大トンネルの防災対策につながった。

この年にあった判決・逮捕などの動き(27件)

別の年に発生した事件の、その後の経過です。

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