東京都の事件一覧:殺人(15件)
東京都で発生した事件のうち「殺人」に該当するものを発生日の新しい順に掲載しています。
15 件
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赤坂従業員2人刺傷事件
2025年(令和7年)9月12日午後5時25分ごろ、東京都港区赤坂のビル3階にあるアパレル会社事務所で、元従業員の男(61歳)が会社役員の男性(30代)を包丁で刺し、意識不明の重体を負わせた。包丁を取り上げようとした別の男性会社関係者(30代)も右手を切る軽傷を負った。男は殺人未遂容疑で現行犯逮捕され、解雇後に再就職先を紹介されないままだったことへの不満を動機として供述した。
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高田馬場ライブ配信中女性刺殺事件
2025年(令和7年)3月11日午前、東京都新宿区高田馬場のJR高田馬場駅前の路上で、動画配信中だった女性(22歳)が、投げ銭や金銭の貸し借りを巡り関係がこじれた男(44歳)にナイフで刺され死亡した。男は殺人罪等で起訴され、東京地方裁判所は2026年7月15日、懲役16年(求刑懲役20年)の判決を言い渡した。
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豊島区女性殺害遺棄事件
2020年(令和2年)9月24日、東京都豊島区内で1人暮らしをしていた35歳の女性が、路上で見かけて尾行してきた保育士の男(当時29歳)にアパートで待ち伏せされ、性的暴行を受けたのち殺害された。遺体は栃木県那須町の山中に遺棄され、女性は行方不明として捜索されていたが、同年12月に発見された。男は死体遺棄容疑での逮捕を経て、2021年1月に強盗・強制性交等殺人容疑で再逮捕された。東京地方裁判所は2022年3月17日、求刑通り無期懲役の判決を言い渡し、東京高等裁判所は同年9月21日、被告の控訴を棄却して一審判決を支持した。
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六本木クラブ襲撃事件
2012年(平成24年)9月2日未明、東京都港区六本木のクラブ内で、飲食店を経営する男性(当時31歳)が、対立グループとの人違いにより集団に金属バットなどで暴行を受け、死亡した事件。実行犯グループの多くは裁判で有罪が確定したが、犯行を主導したとされる男は事件から10年以上を経た現在も所在が判明せず、公開手配が続いている。
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板橋区資産家夫婦放火殺人事件
2009年(平成21年)5月25日、東京都板橋区の民家で、不動産賃貸業を営む資産家の夫婦が殺害され、放火された事件。現金が現場に残されていたことなどから、面識のある人物による犯行の可能性が指摘されているが、未解決のまま捜査が続いている。
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世田谷一家殺害事件
2000年(平成12年)12月30日深夜から31日未明にかけて、東京都世田谷区上祖師谷三丁目の住宅で、一家4人(当時44歳の会社員男性、41歳の妻、8歳の長女、6歳の長男)が刃物などで殺害されているのが発見された事件。犯人は犯行後も半日近く現場にとどまり、衣類や刃物など多数の遺留品を残して逃走した。現場からは指紋やDNA型が検出されているが、事件から四半世紀が経過した現在も犯人は特定されておらず、警視庁は最高2千万円の捜査特別報奨金を設定して情報提供を呼びかけている。
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足立区首なし殺人事件
1996年(平成8年)1月、東京都足立区の駐車場で女性の首なし焼死体が発見された事件。同居していた男が逮捕された。男はかつて女性殺害事件で一審で無期懲役とされながら、1991年に控訴審で殺人などについて無罪とされた人物だった。
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伊丹十三監督刺傷事件
1992年(平成4年)5月22日、映画監督の伊丹十三が、映画『ミンボーの女』の公開を機に、暴力団関係者とみられる男らに自宅前で切りつけられ重傷を負った事件。
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東村山警察署旭が丘派出所警察官殺害事件
東京都清瀬市の派出所で勤務中の警察官が刺殺され、拳銃が奪われた事件。2007年に公訴時効が成立し、未解決のままとなっている。
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克美茂愛人殺害事件
1976年(昭和51年)5月、歌手の克美茂が交際していた女性を東京都港区のマンションで殺害し、遺体を羽田空港の駐車場に遺棄した事件。
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永山則夫連続射殺事件
1968年(昭和43年)10月11日から11月5日にかけて、東京・京都・北海道・愛知の4都道府県で、警備員やタクシー運転手ら男性4人が拳銃で相次いで射殺された事件。犯人は事件当時19歳の少年で、在日米軍基地から盗んだ拳銃を使用していた。少年は翌1969年4月、東京都内で逮捕された。
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阿部定事件
1936年(昭和11年)5月18日、東京市荒川区(現・東京都荒川区)の待合で、阿部定が交際相手の男性を殺害し、遺体の一部を切断して所持したまま逃走した事件。
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玉の井バラバラ殺人事件
1932年(昭和7年)3月7日朝、東京府南葛飾郡寺島町玉の井(現・墨田区)の下水溝で、切断された遺体の一部が相次いで発見された。捜査の結果、被害者から金銭を脅し取り家族に暴力を振るっていた男を、家主の男と弟が撲殺して遺体を切断・遺棄したことが判明した。この事件で「バラバラ殺人」という表現が新聞で初めて使われ、以後定着した。
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出歯亀事件
1908年(明治41年)3月22日夜、東京府豊多摩郡大久保村(現・新宿区大久保)で、銭湯帰りの女性が何者かに暴行され殺害された。女湯を覗く常習者だった池田亀太郎が犯人として逮捕され、無期徒刑の判決を受けた。出っ歯が特徴だった池田の通称「出歯亀」は、後に覗き見をする者を指す一般名詞として定着した。
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赤穂事件
元禄15年12月14日(西暦1703年1月30日)未明、江戸本所の吉良義央邸に、赤穂藩の旧筆頭家老・大石内蔵助ら赤穂浪士47人が討ち入り、前年に江戸城内で刃傷事件を起こして切腹となった主君・浅野内匠頭の仇討ちとして吉良を討ち取った。吉良方の死傷者は史料により幅があり、すみだ郷土文化資料館の解説では義央以下死者17人・負傷者28人とされる。討ち入り後、浪士46人は幕府の裁きを待ち、翌元禄16年2月4日、幕府は全員に切腹を命じ、各預け先の大名家で執行された。後世「忠臣蔵」として演劇化され、主君への忠義を体現する物語として広く語り継がれている。
出典: https://jiken.jp/pref/tokyo/?category=murder(2026-10-30 取得)/ 事件JP