玉の井バラバラ殺人事件

結末 1935年12月、控訴審で家主の男に懲役12年、弟に懲役6年の判決(一審からそれぞれ減刑)

発生日 1932年3月7日(昭和7年) 1932年(昭和7年)の事件 / 3月7日に起きた事件
経過 発生から94年7か月
発生場所 東京都 南葛飾郡寺島町玉の井(現・墨田区)
種別 殺人
状態 判決確定
被害 死者 1人  負傷者 0人
1932年(昭和7年)3月7日朝、東京府南葛飾郡寺島町玉の井(現・墨田区)の下水溝で、切断された遺体の一部が相次いで発見された。捜査の結果、被害者から金銭を脅し取り家族に暴力を振るっていた男を、家主の男と弟が撲殺して遺体を切断・遺棄したことが判明した。この事件で「バラバラ殺人」という表現が新聞で初めて使われ、以後定着した。
玉の井バラバラ殺人事件を象徴する概念イラスト
※イメージ画像(生成AIによる概念イラストであり、実際の現場・関係者を写したものではありません)

事件の発覚

1932年3月7日朝、東京府南葛飾郡寺島町玉の井(現・墨田区)の下水溝で、近所の幼女が下駄を落として親が棒でつついていたところ、血のにじんだ紙包みが浮かび上がった。駆けつけた警官が包みを開くと男性の胸部が見つかり、付近の溝からも腰部と頭部が見つかった。遺体はハトロン紙と白地の浴衣に包まれていた。

玉の井という街

玉の井は、1923年の関東大震災後、浅草方面から移転してきた私娼街として発展した地域で、入り組んだ路地に飲食店や貸席が密集していた。事件現場周辺には「お歯黒どぶ」と呼ばれる下水溝があり、動物の死骸などが投げ込まれる不衛生な環境だったことが、遺体の発見を遅らせる一因にもなった。

事件の背景と犯行

捜査の結果、犯行場所は本郷区湯島の住宅で、主犯の男とその母・妹・弟の一家が、被害者の男性とその娘を同居させていたことが判明した。被害者は一家から金銭を引き出し、追い出されそうになると脅して居座り、一家に暴力を振るうようになっていたとされる。主犯の男と弟は被害者を撲殺し、遺体を切断して、胸部・腰部・頭部を玉の井の下水溝に遺棄した。

報道と社会的反響

遺体の発見当初は、直前に起きた血盟団事件の報道が紙面の大部分を占め、大きくは扱われなかった。しかし捜査が行き詰まるにつれて猟奇的な事件として大々的に報じられるようになり、『東京朝日新聞』『時事新報』『東京日日新聞』などは江戸川乱歩・浜尾四郎・甲賀三郎ら探偵小説家の推理談話を連日掲載した。以後、遺体を切断する事件を報じる際の定番表現として「バラバラ殺人」が用いられるようになった。この呼称は現在に至るまで、日本語における猟奇殺人の代名詞として使われ続けている。

裁判の結果

家主の男は殺人・死体損壊遺棄罪により懲役15年、弟は殺人罪により懲役8年、遺体の損壊・遺棄を手伝った妹は懲役6か月の判決を受けた(一審、1934年8月6日)。この判決を不服として兄弟が控訴し、1935年12月17日の控訴審判決で家主は懲役12年、弟は懲役6年にそれぞれ減刑された。

被害者の身元と境遇

被害者は娘を連れた男性で、主犯の一家は当初、住まいを提供して同居させていた。その関係が金銭の要求と暴力によって次第に破綻していった経緯が、捜査と裁判を通じて明らかにされた。

「バラバラ殺人」という言葉の起源

本事件を報じた東京朝日新聞などの報道で「バラバラ殺人」という表現が使われたことが、遺体を切断する猟奇的な殺人事件を指す一般的な呼称として定着する最初の事例になったとされる。玉の井は関東大震災後に発展した私娼街であり、当時の東京の下町の風俗史を伝える事件としても言及される。事件は後年、猟奇犯罪や下町の私娼街を題材にした小説・漫画などの創作物にも取り上げられ、昭和初期の東京の風俗史を伝える象徴的な事件として、今日でも紹介され続けている。

審理・経過の流れ

  1. 事件・事故 1932年3月7日
  2. 公判 1934年 +882日
  3. 判決 1935年12月17日 +498日

経過

  1. 1932年3月7日
    昭和7年

    事件・事故 玉の井の下水溝で遺体の一部が発見される

    切断された遺体が相次いで発見され、捜査が始まった。

  2. 1934年
    昭和9年

    公判 東京地方裁判所が一審判決、家主の男に懲役15年

    弟に懲役8年、遺体の遺棄を手伝った女性に懲役6か月

    東京地方裁判所

  3. 1935年12月17日
    昭和10年

    判決 控訴審判決、家主の男は懲役12年・弟は懲役6年に減刑

出典・公的資料

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「玉の井バラバラ殺人事件」事件JP、2026年10月27日閲覧。https://jiken.jp/cases/1932-tamanoi-dismemberment-murder/

更新履歴

  • 2026年10月19日 結末の要約を追加
  • 2026年10月5日 学術論文(『日本文学』2016年)を出典に追加。共犯の女性を「姉」→「妹」に訂正し、犯行場所・同居家族・遺体の発見状況・初期報道の経緯を論文に合わせて修正。被害者の身元の節を同居の事実に合わせて修正。根拠のない「当時の捜査手法」節と、リンク切れの出典を削除
  • 2026年10月5日 年表を訂正(「1934年に懲役15年が確定」→1934年8月6日の一審判決と1935年12月17日の控訴審判決に分割)
  • 2026年9月23日 報道記事のtype分類をpress→otherに修正(press=官公庁発表専用のルールに合わせる)
  • 2026年9月23日 控訴審での減刑(家主12年・弟6年、1935年12月17日)を追記、出典追加
  • 2026年8月19日 初版公開

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