濱口雄幸首相狙撃事件

結末 1933年11月、大審院が上告を棄却し男の死刑が確定。翌1934年の恩赦で無期懲役に減刑され、1940年に仮出所

発生日 1930年11月14日(昭和5年) 1930年(昭和5年)の事件 / 11月14日に起きた事件
経過 発生から95年11か月 1933年11月1日の確定から93年
発生場所 東京都 千代田区(東京駅)
種別 テロ・無差別襲撃
状態 判決確定
被害  負傷者 1人
  • 戦前・戦中の政治事件とクーデターロンドン海軍軍縮条約をめぐる対立のさなかに現職首相が狙撃され、傷がもとで翌年死去した。軍縮政策と政党内閣が暴力にさらされることを示した。
東京駅で濱口雄幸首相が右翼活動家に狙撃され重傷を負い、傷がもとで翌年死去した事件。
濱口雄幸首相狙撃事件を象徴する概念イラスト
※イメージ画像(生成AIによる概念イラストであり、実際の現場・関係者を写したものではありません)
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事件の経過

1930年(昭和5年)11月14日午前8時58分ごろ、東京駅第4ホームで、岡山県で行われる陸軍の演習の視察に向かうため神戸行き特急「燕」に乗車しようとしていた濱口雄幸首相が、右翼団体「愛国社」所属の佐郷屋留雄に、至近距離からモーゼル式拳銃で下腹部を撃たれ重傷を負った。佐郷屋はその場で取り押さえられた。犯行の動機について佐郷屋は、同年4月に調印されたロンドン海軍軍縮条約が天皇の統帥権を侵すものだとする「統帥権干犯」への反発を主張した。
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事件の背景

濱口内閣は、緊縮財政と協調外交を掲げ、軍縮を推進する立場から1930年にロンドン海軍軍縮条約に調印した。これに対し、海軍の一部や右翼勢力、野党の一部からは、軍の統帥権(天皇に直属するとされた軍の指揮権)を政府が侵害したとする「統帥権干犯問題」として激しい批判が起こっていた。濱口狙撃事件は、こうした対立が先鋭化する中で起きたテロ事件であった。

首相のその後と死去

濱口は一命を取り留め、一時は職務に復帰したものの、体調は次第に悪化した。1931年8月26日、狙撃の際に受けた傷口に放線菌が入り込んで化膿したことが原因で死去した。首相在任中の要人が銃撃を受け、その傷がもとで死去するという事態は当時の日本社会に大きな衝撃を与え、その後も政財界要人を狙ったテロ事件が相次ぐ時代の始まりを告げる出来事として記憶されている。

事件後の政局

濱口は狙撃後、一時は職務への復帰を目指したが体調は回復せず、1931年4月に若槻礼次郎が後任の首相に就任した。濱口の死は、統帥権干犯問題をめぐる政治対立の激しさを象徴する出来事として広く報じられ、その後も血盟団事件や五・一五事件など、政財界要人を狙ったテロが相次ぐ時代の始まりを告げる事件として、日本近代政治史の中で位置づけられている。

社会に与えた衝撃

東京駅での首相狙撃という前代未聞の事件は、当時の新聞各紙で大きく報じられ、国民に強い衝撃を与えた。現職首相が白昼の駅で銃撃されるという事態は、その後の日本の政局における言論・政治テロへの警戒を一段と高める契機ともなった。

実行犯の裁判

佐郷屋留雄は起訴され、一審・二審とも死刑判決を受けた(二審では殺人未遂罪を適用)。1933年(昭和8年)11月に大審院が上告を棄却し、死刑が確定した。しかし翌1934年の恩赦で無期懲役に減刑され、1940年には仮出所している。首相を死に至らしめたテロの実行犯が10年足らずで社会に戻ったことは、この時代の右翼テロに対する処断の甘さを示す例としても挙げられる。

審理・経過の流れ

  1. 事件・事故 1930年11月14日
  2. 判決 1933年11月 +1,083日

経過

  1. 1930年11月14日
    昭和5年

    事件・事故 東京駅で濱口雄幸首相が狙撃される

    実行犯の佐郷屋留雄はその場で取り押さえられた。

  2. 1931年8月26日
    昭和6年

    その他 濱口雄幸が狙撃の傷がもとで死去

  3. 1933年11月
    昭和8年

    判決 大審院が上告を棄却し、佐郷屋留雄の死刑が確定

    1934年の恩赦で無期懲役に減刑され、1940年に仮出所した。

    大審院

出典・公的資料

一次資料 1件 判決文・白書・調査報告書・法令など、原典にあたれる資料を掲載しています。

  • その他
    フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
    狙撃事件の経過・死去の経緯を確認
  • 調査報告書
    国立国会図書館「史料にみる日本の近代」
    事件の背景・統帥権干犯問題との関係を確認
  • その他
    フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
    裁判の経過(上告棄却による死刑確定・恩赦による減刑・仮出所)を確認

さらに調べるには

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「濱口雄幸首相狙撃事件」事件JP、2026年11月2日閲覧。https://jiken.jp/cases/1930-hamaguchi-osachi-shooting/
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更新履歴

  • 2026年10月5日 ステータスを「終結」→「判決確定」に訂正(刑事裁判で判決が確定しているため。無罪確定を含む)
  • 2026年9月28日 ロンドン海軍軍縮条約の調印時期の誤り(前年→同年4月)と狙撃時刻・渡航目的を訂正、実行犯の裁判の結末を追記

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