財田川事件

結末 1984年3月、高松地裁の再審で無罪が確定し、死刑が確定していた男性が釈放された

発生日 1950年2月28日(昭和25年) 1950年(昭和25年)の事件 / 2月28日に起きた事件
経過 発生から76年7か月 1984年3月27日の確定から42年7か月
発生場所 香川県 三豊郡財田村(現在の三豊市財田町)
種別 殺人
状態 判決確定
被害 死者 1人
  • 冤罪と再審 — 無罪が確定した事件と再審請求死刑確定から約27年後に再審無罪となった。最高裁の財田川決定は、白鳥決定の「疑わしいときは被告人の利益に」の原則を適用し、その後の再審の判断の基準となった。
1950年2月28日、香川県三豊郡財田村(現在の三豊市財田町)で、一人暮らしの男性が自宅で殺害され現金を奪われた強盗殺人事件。別の事件で勾留中だった当時19歳の男性が自白し、公判で否認したものの、1957年に死刑が確定した。最高裁は1976年10月12日、白鳥決定の「疑わしいときは被告人の利益に」の原則を適用して再審請求の棄却決定を取り消し(財田川決定)、1979年に再審開始が決定された。1984年3月12日、高松地裁は自白の信用性を否定して無罪を言い渡し、男性は死刑確定から約27年後に釈放された。
財田川事件を象徴する概念イラスト
※イメージ画像(生成AIによる概念イラストであり、実際の現場・関係者を写したものではありません)
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事件の発生と確定判決

確定判決が認定した事実によると、1950年2月28日午前2時過ぎごろ、何者かが香川県三豊郡財田村の一人暮らしのブローカーの男性の家に、炊事場の入口の錠を刃物のようなもので突いて開けて入り、男性を刺身包丁で多数回切りつけて、腹に巻いていた胴巻から現金約1万3,000円を奪い、心臓を2度突き刺して殺害した。確定判決は、当時19歳の男性を犯人と認定した。有罪の証拠とされたのは、1950年8月21日付の検察官に対する第4回の供述調書(自白)と、被害者と同じO型の血痕が付いていたとされる国防色のズボンなどだった。
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別件での勾留と自白

男性はまず、事件の約1か月後の1950年4月1日に隣の神田村の農業協同組合で起きた強盗傷人事件で逮捕された。この事件で男性は懲役3年6月の判決を受け、確定している。政府の答弁書によると、男性は暴行・恐喝事件で勾留されていた間に財田川の事件を自白し、いったん否認に転じたものの再び自白した。8月1日に強盗殺人の容疑で逮捕され、警察の留置場(代用監獄)に8月4日から29日まで26日間勾留されて、その間に自白している。男性は公判で犯行を全面的に否認したが、1952年2月20日に高松地裁丸亀支部で死刑判決を受けた。1956年6月8日に高松高裁が控訴を棄却し、1957年1月22日に最高裁が上告を棄却して、同年2月2日に死刑が確定した。

再審請求と5年間放置された手紙

1957年に男性が起こした最初の再審請求は、翌年に退けられた。その後、男性は1964年に裁判所に手紙を出した。1979年の国会で参考人の元日本弁護士連合会会長は、この1964年に出された再審請求が1969年まで5年間放置されていたと述べている。手紙を見つけて再審請求として取り上げたのは、当時の高松地裁丸亀支部の矢野伊吉判事だった。矢野氏は、のちに裁判官を辞めて男性の弁護人となった。この第2次再審請求について、丸亀支部は1972年9月30日に請求を棄却したが、決定の中で確定判決の証拠判断に数々の疑問を示した。最高裁は後に、これを上級審の批判的な解明を求める「異例の措置」と表現している。高松高裁は1974年12月5日に即時抗告を棄却した。

最高裁の財田川決定

1976年10月12日、最高裁第一小法廷は、丸亀支部と高松高裁の決定を取り消し、審理を高松地裁に差し戻した。裁判官全員一致の決定だった。決定は、前年の白鳥事件の最高裁決定を引用し、再審開始の判断にも「疑わしいときは被告人の利益に」という刑事裁判の鉄則が適用されるとした。そのうえで、再審を開始するには、確定判決が認定した犯罪事実がなかったことが確実だという心証までは必要なく、確定判決の事実認定の正しさに合理的な理由に基づく疑いがあれば足りると述べた。決定は、自白の内容について、被害者の腹部に巻かれていたとされる胴巻に血が付いていないのは「きわめて不自然」だとし、血の海のような現場に犯人の血痕足跡が4個しか残っていないことは「甚だ不可解」だと指摘した。そして、確定判決が挙げる証拠だけで男性を犯人と断定するのは「早計に失する」と結論づけた。この決定は白鳥決定とあわせて「白鳥・財田川決定」と呼ばれ、その後の再審の判断の基準となった。

再審開始から無罪へ

差戻しを受けた高松地裁は、1979年6月6日に再審開始を決定した。検察官の即時抗告に対し、高松高裁は1981年3月14日、これを棄却した。高松高裁の決定は、国防色のズボンに付いていた血痕の血液型の鑑定について、信用性に乏しいとした原決定の判断を是認し、着衣の洗濯に関する新しい鑑定などとあわせて判断を示している。1984年3月12日、高松地裁は再審で男性に無罪を言い渡した。政府の答弁書によると、再審判決は自白の任意性は認めたものの、その信用性を否定した。男性はこの日に釈放され、無罪判決は3月27日に確定した。法務省の答弁によると、男性の未決勾留は6年5か月29日、死刑確定後の拘置は27年1か月11日に及んだ。事件の真犯人はわかっていない。

四つの死刑再審無罪事件とその後

財田川事件は、免田事件、松山事件、島田事件とともに、死刑が確定した後に再審で無罪となった4つの事件の1つである。1984年の政府の答弁書は、財田川事件と松山事件では自白が代用監獄に勾留されている間になされたことを認めている。1993年の政府の答弁書は、免田事件など4事件の無罪判決で自白の信用性の問題などが指摘されたことを教訓として、客観的証拠の収集に努め、自白の吟味と裏付け捜査を徹底することが肝要だとしている。白鳥・財田川決定が示した再審開始の基準を法律の条文に明記するかどうかは、再審制度の見直しを議論した法制審議会でも論点となった。法務省刑事局長は2026年5月の国会で、見解が分かれて特定の立場によらない形での明確化は難しいとされ、答申には盛り込まれなかったと答弁している。

審理・経過の流れ

  1. 事件・事故 1950年2月28日
  2. 逮捕 1950年4月1日 +32日
  3. 逮捕 1950年8月1日 +122日
  4. 判決 1952年2月20日 +568日
  5. 判決 1956年6月8日 +1,570日
  6. 判決 1957年1月22日 +228日
  7. 判決 1957年2月2日 +11日
  8. 公判 1972年9月30日 +5,719日
  9. 公判 1974年12月5日 +796日
  10. 公判 1976年10月12日 +677日
  11. 公判 1979年6月6日 +967日
  12. 公判 1981年3月14日 +647日
  13. 判決 1984年3月12日 +1,094日
  14. 判決 1984年3月27日 +15日

経過

  1. 1950年2月28日
    昭和25年

    事件・事故 財田村で一人暮らしの男性が殺害される

    現金約1万3,000円が奪われたと認定された

  2. 1950年4月1日
    昭和25年

    逮捕 神田村の農協での強盗傷人事件で男性を逮捕

    この事件では懲役3年6月が確定

  3. 1950年8月1日
    昭和25年

    逮捕 強盗殺人の容疑で男性を逮捕

    8月4日から26日間、代用監獄に勾留

  4. 1952年2月20日
    昭和27年

    判決 高松地裁丸亀支部が死刑判決

    高松地方裁判所丸亀支部

  5. 1956年6月8日
    昭和31年

    判決 高松高裁が控訴を棄却

    高松高等裁判所

  6. 1957年1月22日
    昭和32年

    判決 最高裁が上告を棄却

    最高裁判所

  7. 1957年2月2日
    昭和32年

    判決 死刑判決が確定

  8. 1972年9月30日
    昭和47年

    公判 丸亀支部が第2次再審請求を棄却

    確定判決の証拠判断に疑問を示す

    高松地方裁判所丸亀支部

  9. 1974年12月5日
    昭和49年

    公判 高松高裁が即時抗告を棄却

    高松高等裁判所

  10. 1976年10月12日
    昭和51年

    公判 最高裁が棄却決定を取り消し差し戻す(財田川決定)

    白鳥決定の原則を適用

    最高裁判所第一小法廷 (事件番号: 昭和49年(し)第118号)

  11. 1979年6月6日
    昭和54年

    公判 高松地裁が再審開始を決定

    高松地方裁判所

  12. 1981年3月14日
    昭和56年

    公判 高松高裁が検察官の即時抗告を棄却

    高松高等裁判所 (事件番号: 昭和54年(く)第22号)

  13. 1984年3月12日
    昭和59年

    判決 高松地裁が再審で無罪判決、男性を釈放

    自白の信用性を否定

    高松地方裁判所

  14. 1984年3月27日
    昭和59年

    判決 再審無罪判決が確定

出典・公的資料

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「財田川事件」事件JP、2026年10月27日閲覧。https://jiken.jp/cases/1950-saitagawa-case/
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更新履歴

  • 2026年10月14日 初版公開

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