1950年の事件・出来事 昭和25年
この年に発生した事件・事故(5件)
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財田川事件
1950年2月28日、香川県三豊郡財田村(現在の三豊市財田町)で、一人暮らしの男性が自宅で殺害され現金を奪われた強盗殺人事件。別の事件で勾留中だった当時19歳の男性が自白し、公判で否認したものの、1957年に死刑が確定した。最高裁は1976年10月12日、白鳥決定の「疑わしいときは被告人の利益に」の原則を適用して再審請求の棄却決定を取り消し(財田川決定)、1979年に再審開始が決定された。1984年3月12日、高松地裁は自白の信用性を否定して無罪を言い渡し、男性は死刑確定から約27年後に釈放された。
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北海道拓殖銀行美深支店強盗殺人事件
1950年(昭和25年)4月2日未明、北海道中川郡美深町の北海道拓殖銀行美深支店に賊が侵入し、支店長夫妻・行員夫妻・支店長の娘2人の計6人に麻酔薬とみられる薬品を注射して眠らせたうえ、刃物で頸動脈などを切断して殺害し、現金108万円を奪った事件。幼児を含む多数の犠牲者と、麻酔薬の使用や頸動脈の切断という冷酷な手口から、2年前に東京で12人が毒殺された帝銀事件になぞらえて「第2の帝銀事件」と呼ばれた。捜査線上には延べ3千人が浮かんだが真犯人は特定できず、1965年4月2日、事件発生から15年で公訴時効が成立し、未解決事件となった。
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人民広場事件
1950年(昭和25年)5月30日、占領下の東京・皇居前広場で開かれた「人民大会」の際に起きた、占領軍兵士への暴行事件。進駐軍が検挙した8人は占領軍の軍事裁判にかけられた。事件後、総司令部(GHQ)の指示により警視総監は6月2日から都内の集会・デモ行進を全面的に制限し、同様の措置は国家地方警察を通じて全国に広がった。政府は翌1951年、この事件を動機として国民公園管理規則を改正し、皇居前広場での政治的・宗教的な目的の集会を許可しないこととした。事件は1951年のメーデーの会場使用が許可されなかった大きな理由ともされた。国会では「五月三十日事件」とも呼ばれた。
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金閣寺放火事件
1950年(昭和25年)7月2日未明、京都市の鹿苑寺(金閣寺)で、同寺の徒弟僧(当時21歳)が国宝の舎利殿(金閣)に放火し全焼させた事件。人的被害はなかったが、足利義満坐像など国宝の寺宝も焼失した。三島由紀夫の小説「金閣寺」のモチーフになったことでも知られる。
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日大ギャング事件
1950年(昭和25年)9月22日、東京都千代田区で、日本大学の給料運搬車に同乗した運転手の少年が、同乗の職員をナイフで脅して現金190万円を奪い、日大教授の娘の少女と逃走した強盗事件。少年が逮捕時に発した「オー・ミステーク」という言葉が流行語となり、戦後の若者犯罪を象徴する事件として文化人による論評も相次いだ。
この年にあった判決・逮捕などの動き(11件)
別の年に発生した事件の、その後の経過です。
- 4月1日 逮捕 財田川事件 神田村の農協での強盗傷人事件で男性を逮捕
- 5月24日 その他 福井地震 建築基準法が公布される
- 5月30日 その他 法隆寺金堂壁画焼損 文化財保護法が公布される
- 6月2日 その他 人民広場事件 警視総監が都内の集会・デモ行進を全面制限
- 6月5日 その他 人民広場事件 国会で軍事裁判の判決が済んだと答弁
- 6月16日 その他 人民広場事件 国家地方警察長官が同様の措置
- 8月1日 逮捕 財田川事件 強盗殺人の容疑で男性を逮捕
- 8月11日 公判 三鷹事件 東京地方裁判所が一審判決
- 9月24日 逮捕 日大ギャング事件 少年と交際相手の少女、東京都品川区で逮捕
- 12月6日 判決 松川事件 福島地方裁判所が全員を有罪とし5人に死刑を言い渡す
- 12月28日 判決 金閣寺放火事件 京都地方裁判所の懲役7年判決が確定
出典: https://jiken.jp/timeline/showa/1950/(2026-10-30 取得)/ 事件JP