湖東記念病院事件

結末 2020年4月、検察が上訴権を放棄し、大津地裁の再審無罪判決が確定

発生日 2003年5月22日(平成15年) 2003年(平成15年)の事件 / 5月22日に起きた事件
経過 発生から23年5か月 2020年4月2日の確定から6年6か月
発生場所 滋賀県 愛知郡湖東町(現在の東近江市)
種別 殺人
状態 判決確定
  • 冤罪と再審 — 無罪が確定した事件と再審請求看護助手の女性が取調官への好意や迎合的な傾向を利用されて自白し、服役した。2020年の再審判決は自白を証拠から排除し、事件性すら証明されていないとして無罪を言い渡した。
2003年5月22日、滋賀県愛知郡湖東町(現在の東近江市)の湖東記念病院で、人工呼吸器を付けていた入院患者の男性(当時72歳)が死亡し、看護助手の女性が人工呼吸器の管を外して殺害したと自白して、懲役12年の判決が確定した冤罪事件。女性は刑期を終えた後の2020年3月31日、大津地裁の再審で無罪となった。判決は、取調べた警察官が女性の迎合的な傾向や自分への恋愛感情を利用したとして自白を証拠から排除し、男性が致死性不整脈など他の原因で死亡した具体的な可能性を認め、事件性すら証明されていないとした。
湖東記念病院事件を象徴する概念イラスト
※イメージ画像(生成AIによる概念イラストであり、実際の現場・関係者を写したものではありません)
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患者の死亡

再審判決によると、男性は2002年10月から病院に入院していた。入院当初から意識がなく、人工呼吸器がなければ十分な酸素を取り込めない状態で、担当医は親族に、回復の可能性は少なく近いうちに死亡する可能性も十分あると説明していた。2003年5月22日の当直は、看護師2人と看護助手の女性の3人だった。午前4時30分ごろ、看護師がベッドの上で男性の顔面が蒼白になっている異変を見つけ、医師が救命措置をしたが、男性は亡くなった。看護師は当初、人工呼吸器の管が外れていたと医師や捜査機関に説明していたが、のちに、外れていたかどうかははっきりしないと供述を変えた。解剖した医師は、管の外れなどによる酸素の供給の欠乏が死因だとする鑑定書を作ったが、男性の血液中のカリウムイオンは1.5ミリモル毎リットルだった。
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取調べと自白

国家賠償訴訟の判決によると、2004年5月から、滋賀県警の警察官が女性の取調べを担当した。女性は7月2日、人工呼吸器の管を故意に抜いたと供述し、7月6日に殺人の容疑で逮捕され、27日に起訴された。再審判決は、女性には軽度の知的障害や発達障害などがあり、迎合的な供述をする傾向があったと認定している。女性は取調べを担当した警察官に好意を寄せ、供述書には警察官への恋愛感情や信頼感をうかがわせる記載が多くあった。女性は弁護人と接見するたびに殺害を否定したが、そのたびに警察官の取調べで再び認める供述に戻った。逮捕後に作られた警察官調書と検察官調書は30通に迫ったが、否認の調書は1通も作られなかった。

有罪の確定と再審請求

女性は公判で否認したが、大津地裁は2005年11月29日、殺人罪で懲役12年の判決を言い渡した。大阪高裁は2006年10月5日に控訴を棄却し、最高裁も2007年5月21日に上告を棄却して、有罪が確定した。女性は服役し、2017年8月24日に刑期を終えた。2010年に起こした最初の再審請求は退けられた。2012年の2回目の請求も、大津地裁は2015年に棄却したが、大阪高裁は2017年12月20日、これを取り消して再審開始を決定した。新しい証拠により、男性の死因が酸素の供給の途絶であることは証明されておらず、男性が自然死した合理的な疑いが生じたという理由だった。検察官は特別抗告したが、最高裁第二小法廷は2019年3月18日にこれを棄却し、再審開始が確定した。

再審無罪判決

再審の公判で、検察官は新たな立証を行わなかった。2020年3月31日、大津地裁は女性に無罪を言い渡した。判決は、解剖所見や診療の経過を踏まえると、男性が低カリウム血症に起因する致死性不整脈を含む他の原因で死亡した具体的な可能性があると判断した。自白については、警察官が女性の迎合的な供述態度や自らへの恋愛感情などを熟知しつつ、これを利用して供述をコントロールしようとし、弁護人との信頼関係を損なう言動もしたと指摘し、こうした誘導的な取調べは虚偽供述を誘発するおそれの高い不当なものだったとした。そのうえで、自白は信用性に重大な疑いがあるばかりか任意にされたものでない疑いがあるとして証拠から排除し、男性が何者かによって殺害されたという事件性すら証明されていないと結論づけた。検察官は4月2日に上訴権を放棄し、無罪が確定した。

国家賠償訴訟

女性には刑事補償として5,997万5,000円が交付された。女性は国と滋賀県に損害賠償を求めて提訴し、2025年7月17日、大津地裁は滋賀県に3,131万4,841円の支払いを命じた。判決は、警察官が否認に転じても調書を作らず、不当な働きかけで虚偽の自白を維持させようとしたことは、事案の真相を明らかにするという刑事訴訟法の目的に反するとして違法と認めた。また、解剖医から聞き取った内容をまとめた捜査報告書などを県警が検察に送らなかったことも争点となった。一方、検察官の起訴などの違法は認めず、国への請求は退けた。県は控訴せず、県への賠償が確定した。女性は国に対してのみ控訴したが、大阪高裁は2026年6月25日に控訴を棄却した。

供述弱者と再審制度

この事件は、知的障害などのために誘導を受けやすい「供述弱者」の取調べのあり方を問う事例として、国会でもたびたび取り上げられた。2020年4月の参議院法務委員会では、無罪判決の直後に、自白の任意性や証拠開示のあり方が論じられた。2024年の衆議院法務委員会では、再審開始の後に、警察が検察に送っていなかった証拠があったことが、再審での証拠開示を論じる中で取り上げられた。再審制度を見直す刑事訴訟法の改正をめぐる2026年の国会審議でも、この事件が例として挙げられている。

審理・経過の流れ

  1. 事件・事故 2003年5月22日
  2. 逮捕 2004年7月6日 +411日
  3. 起訴 2004年7月27日 +21日
  4. 判決 2005年11月29日 +490日
  5. 判決 2006年10月5日 +310日
  6. 判決 2007年5月21日 +228日
  7. 公判 2017年12月20日 +3,866日
  8. 公判 2019年3月18日 +453日
  9. 判決 2020年3月31日 +379日
  10. 判決 2020年4月2日 +2日
  11. 判決 2025年7月17日 +1,932日
  12. 判決 2026年6月25日 +343日

経過

  1. 2003年5月22日
    平成15年

    事件・事故 人工呼吸器を付けた入院患者の男性が死亡

    午前4時30分ごろ異変を発見

  2. 2004年7月2日
    平成16年

    その他 看護助手の女性が管を故意に抜いたと供述

  3. 2004年7月6日
    平成16年

    逮捕 殺人の容疑で女性を逮捕

  4. 2004年7月27日
    平成16年

    起訴 殺人罪で起訴

  5. 2005年11月29日
    平成17年

    判決 大津地裁が懲役12年の判決

    大津地方裁判所 (事件番号: 平成16年(わ)第471号)

  6. 2006年10月5日
    平成18年

    判決 大阪高裁が控訴を棄却

    大阪高等裁判所

  7. 2007年5月21日
    平成19年

    判決 最高裁が上告を棄却

    最高裁判所

  8. 2017年8月24日
    平成29年

    その他 女性が刑期を終える

  9. 2017年12月20日
    平成29年

    公判 大阪高裁が再審開始を決定

    自然死の合理的な疑い

    大阪高等裁判所

  10. 2019年3月18日
    平成31年

    公判 最高裁が特別抗告を棄却し再審開始が決まる

    最高裁判所第二小法廷

  11. 2020年3月31日
    令和2年

    判決 大津地裁が再審で無罪判決

    自白を証拠から排除

    大津地方裁判所 (事件番号: 平成24年(た)第3号)

  12. 2020年4月2日
    令和2年

    判決 検察官が上訴権を放棄し無罪が確定

  13. 2025年7月17日
    令和7年

    判決 国家賠償訴訟で大津地裁が県に賠償を命じる

    国への請求は棄却

    大津地方裁判所 (事件番号: 令和2年(ワ)第670号)

  14. 2026年6月25日
    令和8年

    判決 国への請求で大阪高裁が控訴を棄却

    大阪高等裁判所 (事件番号: 令和7年(ネ)第1674号)

出典・公的資料

一次資料 3件 判決文・白書・調査報告書・法令など、原典にあたれる資料を掲載しています。

  • 判決文・裁判記録
    大津地方裁判所刑事部  2020年3月31日発行  平成24年(た)第3号
    診療経過と死亡時の状況、血中カリウム1.5、確定判決と再審請求の経過、大阪高裁の再審開始決定の要旨、女性の特性、恋愛感情の利用、否認調書が1通もないこと、自白の証拠排除、事件性すら証明されていないとの結論を確認
  • 判決文・裁判記録
    大津地方裁判所  2025年7月17日発行  令和2年(ワ)第670号
    取調べ担当の開始時期、供述・逮捕・起訴の日付、各審の日付、上訴権の放棄、刑事補償5,997万5,000円、取調べの違法と県への3,131万4,841円の賠償命令を確認
  • 判決文・裁判記録
    大阪高等裁判所第9民事部  2026年6月25日発行  令和7年(ネ)第1674号
    国に対する控訴の棄却と、原審が県に賠償を命じたことを確認
  • その他
    国立国会図書館 国会会議録検索システム  2020年4月2日発行
    無罪判決の直後に自白の任意性と証拠開示が論じられたことを確認
  • その他
    国立国会図書館 国会会議録検索システム  2024年3月26日発行
    再審開始後に警察の未送致証拠が判明したことへの言及を確認
  • その他
    共同通信(熊本日日新聞)  2026年6月20日発行
    病院の所在地(東近江市)、県が控訴せず賠償が確定したことを確認
  • その他
    日本弁護士連合会  2023年2月21日発行
    事件名(湖東記念病院事件)と発生日を確認

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「湖東記念病院事件」事件JP、2026年10月27日閲覧。https://jiken.jp/cases/2003-koto-memorial-hospital-case/
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更新履歴

  • 2026年10月15日 初版公開

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