山形マット死事件 通称: 明倫中事件

発生日 1993年1月13日(平成5年) 1993年(平成5年)の事件 / 1月13日に起きた事件
経過 発生から33年9か月 2005年1月1日の確定から21年9か月
発生場所 山形県 新庄市
種別 その他
状態 終結
被害 死者 1人
  • 事件が変えた法律・制度家裁と高裁で非行事実の認定が分かれたことがきっかけとなり、2000年の少年法改正で裁定合議制や検察官関与など事実認定手続の見直しが行われた。
1993年1月13日、山形県新庄市立明倫中学校の体育館用具室で、巻いて立て掛けてあったマットの中から1年生の男子生徒(当時13歳)が逆さの状態で見つかり、窒息死していた事件。上級生ら7人が逮捕・補導されたが、少年審判では山形家裁が3人を非行なしとする一方、仙台高裁は7人全員の関与を認めるなど判断が分かれた。遺族の民事訴訟も一審と二審で結論が分かれ、2005年に7人の賠償責任が確定した。この事件は、少年審判の事実認定の手続きを見直す2000年の少年法改正のきっかけとなった。
山形マット死事件を象徴する概念イラスト
※イメージ画像(生成AIによる概念イラストであり、実際の現場・関係者を写したものではありません)
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用具室のマットの中で

1993年1月13日、山形県新庄市立明倫中学校の体育館用具室で、1年生の男子生徒(当時13歳)が、巻いて立て掛けてあったマットの中で死亡しているのが見つかった。2000年の国会で法務省の刑事局長は、この事件を、中学1年生の被害者が体育館内のマットに押し込まれて窒息死した事件と説明している。のちに確定した民事訴訟の判決によると、7人が体育館用具室で、巻いて立て掛けてあったマットの中に生徒を逆さに入れ、窒息死させた。
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逮捕・補導された7人

山形県警は、傷害と監禁致死の疑いで、同じ中学校の1・2年生の少年7人を逮捕・補導した。このうち当時14歳の3人が逮捕され、刑事責任を問えない13歳以下の4人は補導された。7人は捜査の段階では関与を認めていたが、家庭裁判所に送られた後、否認に転じた。傷害致死の非行で家庭裁判所に送られたのは6人だった。

分かれた少年審判の判断

法務省の刑事局長の国会答弁によると、山形家裁は、送致された6人のうち3人について、捜査段階の自白の信用性を否定してアリバイの成立を認め、非行なしとして不処分とした。残る3人については非行事実を認め、少年院送致などの保護処分とした。保護処分を受けた3人は高等裁判所に抗告したが、仙台高裁は、家裁が非行なしとした3人を含む共犯者全員について捜査段階の自白の信用性を認め、アリバイも認められないとして、抗告を棄却した。最高裁も再抗告を棄却した。同じ少年審判の中で、家裁と高裁の事実の認定が食い違う結果となった。

民事訴訟

遺族は1995年、元生徒7人に損害賠償を求めて提訴した。2002年、山形地裁は請求を棄却した。九州大学の武内謙治の論考によると、地裁は、7人の自白を裏付ける客観的な証拠がないうえ、自白の内容が客観的な証拠と食い違っていると判断し、保護者などの立ち会いがないまま長時間の取調べが行われたことなど、捜査の問題点も指摘した。これに対し、仙台高裁は7人全員の関与を認めて計約5,760万円の賠償を命じ、この判決は2005年に確定した。元生徒側はその後も関与を否定している。賠償金の支払いに応じていない元生徒について、遺族は時効を防ぐために2016年に再び提訴し、2026年7月の3回目の訴訟でも、山形地裁は関与は確定判決で認定済みだとして賠償を命じ、判決は確定した。

少年法改正のきっかけに

2000年5月、法務大臣は少年法改正案の提案理由で、いわゆる山形マット死事件をはじめ、少年審判の事実認定が問題となる事件が相次いだことを挙げた。法務省の刑事局長も、政府の改正案は山形マット死事件をきっかけに、少年審判の事実認定をもっとしっかりしたものにすべきではないかという点が大きな問題となったことによると答弁している。最高裁の家庭局長も、裁判官として、山形マット事件を受けて家庭裁判所の事実認定手続は十分機能しているのかという批判を受け、内部で検討を重ねたと説明した。1998年に法制審議会に諮問された事実認定手続の見直しは、裁判官3人による合議、検察官と弁護士付添人が関与する審理、検察官の抗告などを柱としていた。

2000年の少年法改正

政府の改正案はいったん廃案となったが、2000年11月、議員提出の改正案が修正のうえ成立した(平成12年法律第142号)。改正少年法は2001年4月1日に施行され、事実認定の手続きの適正化として、裁判官3人による裁定合議制や、検察官が審判に関与する制度などが導入された。最高裁判所の家庭局によると、施行から4年間で、裁定合議で審理された少年は143人(うち傷害致死48人)、検察官関与の決定は延べ92人だった。なお、同じ改正で行われた刑事処分の可能な年齢の引き下げなどは、別の事件をめぐる議論から加わったものである。

審理・経過の流れ

  1. 逮捕 1993年1月
  2. 公判 1993年 +0日
  3. 公判 1993年 +0日
  4. 事件・事故 1993年1月13日 +12日
  5. 判決 2002年 +3,275日
  6. 判決 2005年 +1,096日

経過

  1. 1993年1月
    平成5年

    逮捕 生徒7人を逮捕・補導

    14歳の3人を逮捕、13歳以下の4人を補導

  2. 1993年
    平成5年

    公判 山形家裁が3人を不処分、3人を保護処分に

    山形家庭裁判所

  3. 1993年
    平成5年

    公判 仙台高裁が抗告を棄却し、7人全員の関与を指摘

    仙台高等裁判所

  4. 1993年1月13日
    平成5年

    事件・事故 体育館用具室のマットの中で1年生が死亡

    窒息死

  5. 1995年
    平成7年

    その他 遺族が元生徒7人に損害賠償を求めて提訴

  6. 1998年7月28日
    平成10年

    その他 法制審議会で少年審判の事実認定手続の見直しの審議が始まる

  7. 2000年11月
    平成12年

    その他 改正少年法が成立

    2001年4月1日施行

  8. 2002年
    平成14年

    判決 山形地裁が遺族の請求を棄却

    山形地方裁判所

  9. 2005年
    平成17年

    判決 仙台高裁の賠償命令(計約5,760万円)が確定

    仙台高等裁判所

  10. 2026年7月15日
    令和8年

    その他 時効を防ぐための3回目の訴訟で山形地裁が賠償を命じる

    山形地方裁判所

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「山形マット死事件」事件JP、2026年10月27日閲覧。https://jiken.jp/cases/1993-yamagata-mat-death/
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更新履歴

  • 2026年10月15日 初版公開

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