伊勢湾台風 通称: 昭和34年台風第15号

発生日 1959年9月26日(昭和34年) 〜 1959年9月27日 1959年(昭和34年)の事件 / 9月26日に起きた事件
経過 発生から67年1か月
発生場所 愛知県 名古屋市南区・港区、海部郡弥富町・飛島村、三重県桑名郡木曽岬村・長島町ほか
種別 災害
状態 終結
被害 死者 4,697人  負傷者 38,921人
  • 事件が変えた法律・制度政府は災害対策基本法案の提案理由で伊勢湾台風の被害を挙げ、1961年に同法が制定された。中央防災会議・防災基本計画による総合的な防災体制はここから始まる。
  • 事故・災害が変えた安全対策伊勢湾台風の潮位を前提にした高潮対策が進められ、海岸堤防の整備に加え、1964年には名古屋港高潮防波堤が完成した。
1959年(昭和34年)9月26日夕方に和歌山県潮岬の西に上陸した台風第15号は、伊勢湾に観測史上最高の高潮をもたらし、愛知・三重両県を中心に死者4,697人・行方不明者401人、計5,098人の犠牲者を出した。台風による犠牲者としては明治以降最大である。名古屋港では潮位が3.89メートルに達し、堤防は220か所、33キロ近くにわたって決壊した。この災害を契機に、防災行政を総合的に進めるための災害対策基本法が1961年に制定され、伊勢湾沿岸では伊勢湾台風の潮位を前提とした高潮対策が進められた。
伊勢湾台風を象徴する概念イラスト
※イメージ画像(生成AIによる概念イラストであり、実際の現場・関係者を写したものではありません)
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超大型台風の発生と上陸

内閣府の災害教訓報告書によると、1959年9月20日にマーシャル諸島近海で弱い熱帯低気圧性の循環が確認され、21日夜に台風第15号となった。台風は急速に発達し、23日15時には米空軍機の観測で最低気圧894ヘクトパスカルを記録した。発生から2日足らずで最盛期に達したことになる。台風は26日18時過ぎに和歌山県潮岬の西に上陸した。潮岬測候所で観測された最低気圧は929.5ヘクトパスカルで、上陸時の気圧としては室戸台風・枕崎台風に次ぐ記録だった。台風は上陸後6時間あまりで本州を縦断し、富山市の東から日本海へ抜け、27日21時に根室の東の海上で温帯低気圧に変わった。気象庁によると、最大風速は伊良湖で45.4メートル(最大瞬間風速55.3メートル)、名古屋で37.0メートル(同45.7メートル)に達し、いずれも観測開始以来の極値となった。気象庁はこの台風を「伊勢湾台風」と名付けている。
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名古屋港の高潮と堤防の決壊

26日午前の進路予想は、台風が名古屋の西側すれすれを通る最悪のコースだった。名古屋港では26日21時35分ごろ、潮位がT.P.(東京湾平均海面)上3.89メートルに達し、平常時の潮位からの上昇量(潮位偏差)は3.55メートルに及んだ。いずれも日本の観測史上最高の値である。名古屋港のそれまでの最高潮位は1921年の2.97メートルで、これを1メートル近く上回り、当時の海岸堤防の計画高(3.38メートル)も超えた。高潮に2メートルを超える高波が重なり、堤防は220か所、延長33キロ近くにわたって決壊した。干拓地の堤防の多くは葦の根を含む土で表面を張っただけの構造で、越波によって一瞬で寸断された。名古屋港の貯木場からは大量の木材が流れ出し、名古屋市南区などで住宅を壊して被害を大きくした。

被害の状況

気象庁の資料(消防白書による)では、死者4,697人、行方不明者401人、負傷者38,921人、住家の全壊40,838棟、半壊113,052棟、床上浸水157,858棟、床下浸水205,753棟に上った。死者・行方不明者の合計5,098人は、明治以降の台風災害で最大である。被害は32道府県に及んだが、犠牲者の83パーセントは愛知・三重の両県に集中した。名古屋市南区だけで死者・行方不明者は1,417人を数えた。人口に対する犠牲者の割合が最も高かったのは三重県木曽岬村で、1万人当たりほぼ1,000人、住民の10人に1人が亡くなった。県別の犠牲者数は資料によって異なり、内閣府報告書の集計では愛知県が死者3,083人・行方不明者295人、三重県が死者1,211人・行方不明者62人だが、愛知県の「伊勢湾台風災害復興誌」は愛知県の死者を3,168人、行方不明者を92人としている。浸水した水が引かずに残った地域は約3万ヘクタールに及び、名古屋市内で排水が終わったのは11月25日、ほかの地区では12月までかかった。

警報と避難、応急対応

名古屋地方気象台は26日11時15分に暴風雨・高潮・波浪警報を発表した。このとき予想した高潮は1メートルから1.5メートルほどで、18時30分の台風情報で2メートルに引き上げたが、実際の高潮はそれを大きく上回った。この日は土曜日で、名古屋市では午後6時に全市が停電し、ラジオによる情報も届きにくくなった。一方、6年前の昭和28年台風第13号で被害を受けた愛知県碧南市は、その経験から碧南干拓地の103戸・455人に避難命令を出していた。被災後、9月30日には副総理を本部長とする中部日本災害対策本部が愛知県庁内に置かれ、12月9日まで活動した。自衛隊は最大時で約1万2,000人を派遣し、救助・復旧に従事した延べ人数は約63万人に上った。

災害対策基本法の制定

同年10月に召集された第33回臨時国会では、被災地の復旧を支える特別措置法の調整が進められ、年内に27の特別措置法が制定された。その一つが、伊勢湾沿岸の高潮対策事業を国の負担で進めるための「災害を受けた伊勢湾等に面する地域における高潮対策事業に関する特別措置法」(1959年12月3日公布)である。政府は1961年の国会で災害対策基本法案の提案理由として、伊勢湾台風が死者四千七百人、負傷者約四万人に上る被害をもたらしたことを挙げ、総合的な防災体制を確立することが急務だと説明した。同法は1961年11月15日に公布され(昭和36年法律第223号)、中央防災会議や防災基本計画など、国・都道府県・市町村が計画的に防災に取り組む仕組みが整えられた。防災白書は、この法律によって防災の概念が初めて明確にされたと位置づけている。翌1962年には、大規模な災害の復旧に国が特別の財政援助を行う激甚災害法も制定された。

高潮対策のその後

1960年2月、伊勢湾等高潮対策協議会は、伊勢湾台風の際の潮位偏差と波浪を前提にした高潮対策の基本方針を決めた。海岸堤防の高さは原則としてT.P.上7.5メートルとされ、対象延長は約679キロ、事業費は約825億円に上った。国の直轄事業は1962年に、補助事業は1963年に完成している。名古屋港では、湾口部で高潮を防ぐ延長約8.2キロの高潮防波堤が1962年に着工され、1964年に完成した。同防波堤では2013年度から耐震・老朽化対策の改良工事が行われている。名古屋市は1961年に災害危険区域を定める条例を制定し、臨海部の建築を規制した。内閣府報告書は、1961年の第2室戸台風の際に大阪府で44万人が避難するなど、伊勢湾台風の教訓を生かした早期避難が行われ、大阪では高潮による死者が出なかったことも記している。

経過

  1. 1959年9月21日
    昭和34年

    その他 台風第15号が発生

    マーシャル諸島近海の熱帯低気圧が発達

  2. 1959年9月23日
    昭和34年

    その他 最低気圧894ヘクトパスカルを観測

    米空軍機の観測。発生から2日足らずで最盛期に

  3. 1959年9月26日
    昭和34年

    その他 名古屋地方気象台が高潮警報を発表

    11時15分。予想した高潮は1〜1.5メートル

  4. 1959年9月26日
    昭和34年

    事件・事故 伊勢湾台風が潮岬の西に上陸

    18時過ぎ。死者4,697人・行方不明者401人・負傷者38,921人

  5. 1959年9月26日
    昭和34年

    その他 名古屋港で観測史上最高の潮位3.89メートル

    21時35分ごろ。潮位偏差3.55メートル

  6. 1959年9月30日
    昭和34年

    その他 中部日本災害対策本部を愛知県庁内に設置

    本部長は副総理。12月9日まで活動

  7. 1959年11月25日
    昭和34年

    その他 名古屋市内の排水が完了

  8. 1959年12月3日
    昭和34年

    その他 伊勢湾等高潮対策特別措置法が公布される

    年内に27の特別措置法が制定された

  9. 1960年2月18日
    昭和35年

    その他 伊勢湾等高潮対策の計画基本方針を決定

    伊勢湾台風の潮位偏差と波浪を計画の前提に

  10. 1961年11月15日
    昭和36年

    その他 災害対策基本法が公布される

    昭和36年法律第223号

  11. 1964年
    昭和39年

    その他 名古屋港高潮防波堤が完成

    延長約8.2キロ。1962年着工

出典・公的資料

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「伊勢湾台風」事件JP、2026年10月27日閲覧。https://jiken.jp/cases/1959-isewan-typhoon/
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更新履歴

  • 2026年10月12日 初版公開

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