愛媛県の殺人・強盗・災害など事件一覧(5件)
愛媛県で発生した事件を発生日の新しい順に掲載しています。
5 件
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愛媛県国鉄バス火災事故
愛媛県で秋祭りに向かう乗客を乗せた国鉄バスが車内に持ち込まれた映画用フィルムの引火により炎上し、死者32人を出した事故。
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松山城筒井門等焼失事故
1949年(昭和24年)2月27日、愛媛県松山市の松山城で火災が発生し、本丸に通じる筒井門とその東続櫓・西続櫓の3棟(いずれも当時の国宝)が焼失した。出火原因は、城内にいた精神疾患の患者がたき火をしたことによるとされ、天守など他の建造物は焼失を免れた。焼失した3棟はその後、旧国宝の指定を解除された。
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松山城放火事件
1933年(昭和8年)7月9日、愛媛県松山市の松山城で火災が発生し、小天守・隅櫓など複数の建物が焼失した。放火したのは、1932年から4年間にわたり近畿・四国・九州の45か所に放火を重ねていた男で、1937年に死刑判決を受け、1939年に刑が執行された。
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別子大水害
1899年(明治32年)8月28日、愛媛県の別子銅山を襲った台風による集中豪雨で大規模な土石流が発生し、山中だけで513人が死亡した。鉱山開発に伴う森林伐採・煙害による山地の荒廃が被害を拡大させた典型例とされる。
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千島艦事件
1892年(明治25年)11月30日、フランスで建造され回航中だった日本海軍の砲艦「千島」が、瀬戸内海の愛媛県沖でイギリスのP&O汽船会社所有の商船ラヴェンナ号と衝突し沈没、乗組員74名が死亡した。日本政府はイギリス領事裁判所にP&Oを相手取り損害賠償訴訟を起こし、上海高等領事裁判所やイギリス枢密院まで争われた末、1895年9月に和解が成立した。日本政府が外国法廷の訴訟当事者となった最初の事件であり、領事裁判権撤廃を求める世論にも影響を与えた。
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出典: https://jiken.jp/pref/ehime/(2026-09-15 取得)/ 事件JP