愛媛県国鉄バス火災事故

発生日 1951年11月3日(昭和26年)
経過 発生から74年9か月
発生場所 愛媛県 東宇和郡野村町(現・西予市)
種別 事故
状態 終結
被害 死者 32人  負傷者 7人
愛媛県で秋祭りに向かう乗客を乗せた国鉄バスが車内に持ち込まれた映画用フィルムの引火により炎上し、死者32人を出した事故。
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事故の経過

1951年11月3日午前8時25分ごろ、愛媛県東宇和郡野村町(現・西予市)発大洲行きの国鉄バス(ロマンスシート型)の車内で突然火の手が上がった。定員約40人のところに秋祭りに向かう晴れ着姿の女性や子供を含む62人が乗車し満員状態だったバスは、瞬く間に炎に包まれ、逃げ場を失った乗客が犠牲となった。事故により死者32人、重傷者7人という大惨事となった。
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出火原因

出火の原因は、乗客が持ち込んだ映画用フィルム(セルロイド製)19本が、運転席付近に置かれていた補助バッテリーの上に置かれていたため、発熱により引火したものと判明した。セルロイド製フィルムは可燃性・引火性が極めて高く、一度発火すると激しい勢いで燃え広がる性質があり、密閉された狭いバス車内という環境が被害を一層深刻なものにした。

その後の規制強化

この事故を受け、運輸省(当時)は乗合バスなど公共交通機関の車内への「100グラムを超えるフィルムその他のセルロイド類」の持ち込みを禁止する措置を講じた。危険物の車内持ち込みに関する規制強化のきっかけとなった事故として、交通安全の歴史に記録されている。

事故当日の状況

事故が起きたバスは午前8時5分に野村を出発した大洲行きの定期便で、出発から約20分後に火災が発生した。当時は行楽シーズンの秋祭りが各地で行われており、車内は晴れ着姿の女性や子どもを含む乗客で満席に近い状態だった。逃げ場のない車内という環境が被害を拡大させ、地元では犠牲者を悼む慰霊碑が建立されている。

国鉄バスと地方交通

国鉄(現・JR)バスは戦後の地方交通を支える重要な輸送手段であり、山間部の集落を結ぶ生活路線として広く利用されていた。事故車両は「ロマンスシート型」と呼ばれる当時としては上級の座席を備えた車両であったが、乗客数は定員を大きく上回っていた。事故後、国鉄バス事業者は車内での可燃物取り扱いに関する乗務員教育を強化した。

事故を伝える資料

本事故は、その後の消防・運輸行政における可燃物規制の先例として、火災事故を扱う専門書や安全教育資料でたびたび引用されている。

経過

  1. 1951年11月3日
    昭和26年

    事件・事故 国鉄バス車内で火災が発生

    映画用フィルムへの引火により死者32人を出した。

  2. 1951年12月
    昭和26年

    その他 運輸省がフィルム等の車内持ち込み禁止措置を実施

出典・公的資料

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レポート・記事などで本ページを参照する際は、以下の表記をご利用ください。

「愛媛県国鉄バス火災事故」事件データベース jiken.jp、2026年8月3日閲覧。https://jiken.jp/cases/1951-ehime-bus-fire/

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