愛媛県国鉄バス火災事故
| 発生日 | 1951年11月3日(昭和26年) 1951年(昭和26年)の事件 / 11月3日に起きた事件 |
|---|---|
| 経過 | 発生から74年11か月 |
| 発生場所 | 愛媛県 東宇和郡野村町(現・西予市) |
| 種別 | 事故 |
| 状態 | 終結 |
| 被害 | 死者 33人 負傷者 16人 |
- 事故・災害が変えた安全対策バス車内で発生した火災を受け、公共交通機関の車内へのセルロイド類等の危険物持ち込みを禁止する規制強化につながった。
1951年(昭和26年)11月3日、愛媛県東宇和郡野村町(現・西予市)付近で、秋祭りに向かう乗客で超満員の国鉄バスが、車内に持ち込まれた映画用フィルムの発火により炎上した事故。事故4日後の国鉄総裁の国会報告では死者33人、重傷者8人、軽傷者8人。運輸省は直ちにバスへのフィルムの持ち込みを厳禁した。
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事故の経過
1951年11月3日午前8時5分に野村を出発した大洲行きの国鉄バス(ロマンスシート型)で、出発から約20分後の午前8時25分ごろ、車内前方から火の手が上がった。当日は沿線で秋祭りがあり、車内は女性や子どもを中心とする乗客で超満員だった(報道によれば定員約40人のところに62人が乗っていた)。国鉄総裁の国会報告によれば、バスには非常窓も設けられていたが、爆発的な炎のために被害はさらに大きくなった。火災は付近の住民らの救護・消火活動により約20分で消し止められた。死者は、事故4日後の11月7日に国会で報告した国鉄総裁によれば33人で、ほかに重傷者8人、軽傷者8人が出た。死者数は資料によって異なり、後年の報道では死者32人・重傷者7人、全国紙の縮刷版などをもとにした研究者の重大バス事故一覧では死者31人・負傷者20人とされている。
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出火原因
国鉄総裁は11月7日の衆議院運輸委員会で、運転士の座席のうしろに置かれていた映画フィルム18巻が発火したとの報告を受けているとしたうえで、運転士とフィルムを持ち込んだ乗客が検察当局の取り調べを受けている段階で、確実な原因はまだ判明していないと述べた。研究者の重大バス事故一覧は原因を「バッテリーからフィルムに引火」としており、後年の報道では、祭りで上映するためのフィルム19本が運転席付近の補助バッテリーの上に置かれて引火したとされる。当時の映画フィルムはニトロセルロースを主材とするセルロイド製で、可燃性・引火性が極めて高く、一度発火すると激しい勢いで燃え広がる。乗客で満員の狭い車内という環境が被害を大きくした。
その後の規制強化
運輸省はこの年の夏、北海道のバスで起きたフィルムの引火事故を受けて、包装の不完全なフィルムなど引火しやすい物を持ち込ませないよう車掌を指導することを求める自動車局長の通牒を、地方の陸運局長あてに出していた。国会で答弁した運輸省鉄道監督局長は、今回の事故は「まさにそれに該当する場合」だったとし、事故後、自動車局長がバスへのフィルムの持ち込みを厳禁する通牒を改めて地方の陸運局長あてに出したこと、道路運送法に基づく持ち込み取締りの運輸省令を事故の前から立案中であることを説明した。現行の旅客自動車運送事業運輸規則(1956年運輸省令第44号)第52条は、旅客が「百グラムを超えるフィルムその他のセルロイド類」を車内に持ち込むことを禁じている。
国鉄バスと地方交通
国鉄(現・JR)バスは戦後の地方交通を支える輸送手段であり、山間部の集落を結ぶ生活路線として広く利用されていた。事故車両は「ロマンスシート型」と呼ばれる座席を備えた車両だったが、乗客数は定員を大きく上回っていた。国鉄は事故前の運輸省の通牒を管下の自動車事務所長に下達して可燃物の持ち込みに注意を促しており、事故後の通牒も同様に下達した。国鉄総裁は国会で事故を陳謝し、自動車局長を現地に派遣して遺族や負傷者を弔問・見舞うとともに、フィルムの取り扱いや車両の改造について措置を講じるよう通達したと報告した。
経過
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1951年11月
昭和26年その他 運輸省自動車局長がバスへのフィルムの持ち込みを厳禁する通牒
事故後、地方の陸運局長あてに出され、国鉄も管下の自動車事務所に下達した。
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1951年11月3日
昭和26年事件・事故 国鉄バス車内で火災が発生
秋祭りの乗客で超満員の車内で映画用フィルムが発火した。
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1951年11月7日
昭和26年その他 国鉄総裁が衆議院運輸委員会で事故を報告・陳謝
死者33人、重傷者8人、軽傷者8人と報告した。
出典・公的資料
一次資料 4件 判決文・白書・調査報告書・法令など、原典にあたれる資料を掲載しています。
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調査報告書
国会会議録検索システム(国立国会図書館) 1951年11月7日発行死者33人・重傷8人・軽傷8人、運転士席うしろのフィルム18巻の発火、超満員、非常窓、約20分で消火、原因は未確定であることを確認
-
調査報告書
国会会議録検索システム(国立国会図書館) 1951年11月7日発行夏の北海道の事故を受けた通牒、事故後のフィルム持ち込み厳禁の通牒、運輸省令の立案を確認
- 法令
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調査報告書
関西大学社会安全研究センター全国紙縮刷版等に基づく一覧で、本事故を死者31人・負傷者20人、原因「バッテリーからフィルムに引火し車両火災が発生」と記載
- その他
- その他
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「愛媛県国鉄バス火災事故」事件JP、2026年11月2日閲覧。https://jiken.jp/cases/1951-ehime-bus-fire/
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更新履歴
- 2026年10月5日 一次資料補強:国会会議録(国鉄総裁の報告・運輸省鉄道監督局長の答弁)、旅客自動車運送事業運輸規則、関西大学の重大バス事故一覧を出典に追加。死者数を国鉄総裁報告の33人(重傷8・軽傷8)に改め資料間の差を明記、原因と規制の経緯を加筆。根拠のない記述(慰霊碑、専門書での引用)を含む2節を削除し、年表の「12月1日に禁止措置」を事故直後の通牒に訂正。<title>に発生年を追加
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