富山・長野連続女性誘拐殺人事件 通称: 富山・長野連続誘拐殺人事件
結末
1998年9月、最高裁が上告を棄却し女の死刑が確定。共犯として起訴された男は無罪
1980年2月から3月にかけて、富山市で女子高校生(当時18歳)が、その8日後に長野市で女子会社員(当時20歳)が誘拐され、睡眠薬で昏睡させられたうえで殺害された身代金目的の誘拐殺人事件。長野の事件では家族に3,000万円の身代金が要求された。犯行は富山・岐阜・長野の3県と、身代金の受け渡し場所が指定された群馬県に及んだ。3月30日に女と男が逮捕されたが、裁判では女の単独犯行と認定され、男は無罪となった。女は1998年に最高裁で上告を棄却され、死刑が確定した。
※イメージ画像(生成AIによる概念イラストであり、実際の現場・関係者を写したものではありません)
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富山の事件
最高裁判決によると、女は、それまでの放縦な生活によって生じた借金を一挙に返済し、かねてからの身勝手な欲求を実現するための資金を得ようと、若い女性を誘拐して殺害し、家族から多額の身代金を奪うことを企てた。1980年2月23日、女は富山市内で、帰宅途中の女子高校生(当時18歳)を「良いアルバイト先がある」などと言葉巧みに誘って自分の運転する車の助手席に乗せ、誘拐した。女は女子高校生に睡眠薬を飲ませて昏睡させ、あらかじめ用意していた腰紐で首を絞めて殺害し、遺体を山中に遺棄した。その後、家族に身代金を要求する電話をかけたが、家族の対応を見て要求をやめた。女子高校生の家族は富山県警に届け出たが、警察は家出人として手配していた。3月6日、女子高校生は岐阜県内で遺体となって見つかった。
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長野の事件と身代金の要求
最高裁判決は、女が、女子高校生の行方を心配して訪ねてきた肉親の心痛を十分に認識しながら計画を断念しなかったと指摘している。富山の事件の8日後の3月5日、女は長野市内で帰宅途中の信用金庫の女性職員(当時20歳)を同じように誘って誘拐し、睡眠薬で昏睡させたうえで腰紐で首を絞めて殺害し、遺体を山中に遺棄した。そして女性の家族に何度も電話をかけ、身代金3,000万円を要求した。警察白書によると、現金の持参場所としては群馬県高崎市内の喫茶店などが指定された。長野の事件では、報道機関の自主的な協定のもとで捜査が非公開で進められた。
逮捕と広域捜査の課題
警察は、富山と長野の事件の手口が似ていることから同一犯による事件と判断し、3月30日、長野県警が誘拐の容疑で女と男の2人を逮捕した。長野の女性職員は4月2日の夜、長野県内で遺体となって見つかった。4月3日の参議院予算委員会で、国家公安委員長は、県をまたいだ事件では、各県警が熱心のあまり、とかく隙ができがちであることは間違いないと答弁し、初動捜査への批判を受け止める考えを示した。警察白書(昭和56年版)は、1980年の犯罪の特徴として、身代金目的の誘拐事件の発生が史上最高となり、岐阜・富山・長野の3県にわたる連続女性誘拐殺人事件のように犯行が広域に及ぶ事案が目立ったと記している。
裁判と男性の無罪
富山と長野の事件は別々の地方裁判所に起訴されたが、最高裁は1980年7月17日、2つの事件を富山地裁で併せて審理するよう決定した。裁判では、2人の捜査段階の自白調書が信用できるかどうかが大きな争点となった。1988年2月9日、富山地裁は両事件とも女の単独犯行と認定して女に死刑を言い渡し、共犯として起訴された男には無罪を言い渡した。同年3月の衆議院地方行政委員会では、議員が「富山・長野連続女性誘拐殺人事件で冤罪が明らかになりました」と述べ、捜査の偏重と予断による思い込みが冤罪を生むと指摘した。1992年3月31日、名古屋高裁金沢支部は、検察官と女の双方の控訴を棄却した。
死刑の確定
1998年9月4日、最高裁第二小法廷は女の上告を棄却した。判決は、金銭欲に出た誘拐殺人、死体遺棄という罪質・結果ともに極めて重大な犯罪を、計画的に、かつ連続して実行したもので、動機に酌量の余地はなく、いずれの殺害の態様も冷酷・非情であり、遺族の被害感情も深刻だと述べた。さらに、富山・長野の両県にわたって連続して行われた事件が社会に与えた影響も重大であるとし、前科がないことなどを十分に考慮しても、死刑はやむを得ないとした。裁判官全員一致の判断だった。女はその後も再審を請求したが、いずれも退けられ、5回目の請求も2024年11月27日に最高裁で特別抗告が棄却された。
遺品の還付をめぐる問題
判決の確定後の1999年、一審を担当した富山地裁は、証拠品として押収されていた被害者のセーターやバッグ、手帳などの遺品を、遺族ではなく死刑囚に還付した。遺族が返還を求めたところ、死刑囚はすでに処分したと回答した。2000年2月の衆議院法務委員会でこの問題が取り上げられ、同年3月14日の参議院法務委員会で法務大臣は、遺族に大変迷惑をかけたと述べた。法務大臣は、被疑者などが遺棄した被害者の所有物は被害者やその遺族に直接返還すべきものだとし、2000年2月に法務省の刑事局から全国の検察庁へ、被害者への配慮を一層徹底するよう通知したと答弁した。矯正局からも拘置所などに、被害者の所有物と分かった還付品は、本人が廃棄を願い出ても保管するか被害者側に返すよう通知したという。
経過
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1980年2月23日
昭和55年
事件・事故
富山市で女子高校生が誘拐され殺害される
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1980年3月5日
昭和55年
事件・事故
長野市で信用金庫の女性職員が誘拐され殺害される
家族に身代金3,000万円を要求
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1980年3月6日
昭和55年
捜査
岐阜県内で女子高校生の遺体が見つかる
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1980年3月30日
昭和55年
逮捕
長野県警が女と男を誘拐の容疑で逮捕
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1980年4月2日
昭和55年
捜査
長野県内で女性職員の遺体が見つかる
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1980年7月17日
昭和55年
公判
最高裁が両事件の審理を富山地裁に併合
長野地裁の事件を富山地裁に併合
最高裁判所第一小法廷 (事件番号: 昭和55年(す)第111号)
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1988年2月9日
昭和63年
判決
富山地裁が女に死刑、男に無罪の判決
女の単独犯行と認定
富山地方裁判所 (事件番号: 昭和55年(わ)第74号ほか)
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1992年3月31日
平成4年
判決
名古屋高裁金沢支部が双方の控訴を棄却
名古屋高等裁判所金沢支部 (事件番号: 昭和63年(う)第69号)
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1998年9月4日
平成10年
判決
最高裁が女の上告を棄却
裁判官全員一致
最高裁判所第二小法廷 (事件番号: 平成4年(あ)第1067号)
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2000年3月14日
平成12年
その他
遺品の還付問題で法務大臣が答弁
検察庁・拘置所への通知を説明
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2024年11月27日
令和6年
公判
5回目の再審請求で最高裁が特別抗告を棄却
最高裁判所第一小法廷
出典・公的資料
一次資料 4件
判決文・白書・調査報告書・法令など、原典にあたれる資料を掲載しています。
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◆判決文・裁判記録
最高裁判所第二小法廷 1998年9月4日発行 平成4年(あ)第1067号
動機、富山・長野の両事件の事実(年齢、誘い方、睡眠薬と腰紐、8日後、身代金3,000万円)、量刑の理由、裁判官全員一致、原審が平成4年3月31日であることを確認
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◆判決文・裁判記録
最高裁判所第一小法廷 1980年7月17日発行 昭和55年(す)第111号
長野地裁と富山地裁の事件を富山地裁に併合した決定を確認
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◆白書・統計資料
警察庁 1981年1月1日発行
身代金目的誘拐の発生が史上最高となり、3県にわたる連続女性誘拐殺人事件のように広域に及ぶ事案が目立ったとの記述を確認
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◆白書・統計資料
警察庁 1981年1月1日発行
事例として、3月5日の長野の事件、高崎市内の喫茶店などの指定、身代金3,000万円、3月30日の逮捕を確認
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その他
国立国会図書館 国会会議録検索システム 1980年4月3日発行
家出人としての手配、3月6日の遺体発見、報道協定のもとでの捜査、3月30日の逮捕、前夜の遺体発見、広域捜査に「すき」ができがちとの答弁(発言番号7・8)を確認
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その他
国立国会図書館 国会会議録検索システム 1988年3月22日発行
「冤罪が明らかになりました」との議員の発言を確認
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その他
国立国会図書館 国会会議録検索システム 2000年2月18日発行
富山地裁が遺品を死刑囚に還付し、死刑囚が処分していた問題の指摘を確認
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その他
国立国会図書館 国会会議録検索システム 2000年3月14日発行
法務大臣の謝罪、2000年2月の刑事局・矯正局の通知を確認
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その他
CrimeInfo
一審・控訴審の判決日と事件番号、男性の無罪と単独犯行の認定、再審請求の経過(2024年11月27日の特別抗告棄却)を確認
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レポート・記事などで本ページを参照する際は、以下の表記をご利用ください。一次資料までたどる方法は調べ学習・レポートでの使い方をご覧ください。
「富山・長野連続女性誘拐殺人事件」事件JP、2026年10月27日閲覧。https://jiken.jp/cases/1980-toyama-nagano-kidnapping-murders/
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本ページは公的資料に基づいて作成しています。情報の誤りにお気づきの場合や、掲載内容の削除・訂正のご依頼は
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出典: https://jiken.jp/cases/1980-toyama-nagano-kidnapping-murders/(2026-10-27 取得)/ 事件JP