横田めぐみさん拉致事件

現在 2002年9月、北朝鮮が拉致を認めたが、本人の安否は確認されず未解決のまま

発生日 1977年11月15日(昭和52年) 1977年(昭和52年)の事件 / 11月15日に起きた事件
経過 発生から48年11か月
発生場所 新潟県 新潟市
種別 誘拐・監禁
状態 未解決 公訴時効早見表で制度を確認できます
新潟市で下校途中の中学1年生・横田めぐみさん(当時13歳)が消息を絶ち、後に北朝鮮による拉致と判明した事件。
横田めぐみさん拉致事件を象徴する概念イラスト
※イメージ画像(生成AIによる概念イラストであり、実際の現場・関係者を写したものではありません)
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事件の経過

1977年(昭和52年)11月15日夕刻、新潟市に住む中学1年生の横田めぐみさん(当時13歳)は、バドミントン部の活動を終えて学校から帰宅する途中、自宅近くの海岸付近で友人と別れた後、消息を絶った。家族や警察による捜索が行われたが手がかりは得られず、当初は事件性の有無も含めて長期間にわたり真相が分からないまま経過した。
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北朝鮮による拉致と判明するまで

警察庁は1997年、横田さんの失踪を北朝鮮による拉致事件と認定した。2002年9月の日朝首脳会談で北朝鮮側は日本人拉致を認め謝罪したが、横田さんについては「入国後に死亡した」と説明し、後に日本側に提供した遺骨とされるものはDNA鑑定の結果、横田さんのものとは別人のものであることが判明した。北朝鮮の説明には一貫性がなく、日本政府はその内容を認めていない。

拉致問題の象徴として

横田めぐみさんの事案は、北朝鮮による日本人拉致問題を象徴する事件として広く知られるようになった。両親の横田滋さん・早紀江さんは長年にわたり全面的な解決を訴える活動を続け、日本政府も拉致問題を主要な外交課題の一つと位置づけている。2020年に父の滋さんが、めぐみさんの安否が分からないまま死去するなど、拉致から半世紀近くが経過した現在も事件は未解決のままである。

拉致問題としての広がり

日本政府は2002年以降、北朝鮮による拉致被害者として横田さんを含む17人を認定しており、このうち5人は2002年に帰国が実現したが、横田さんを含む12人については、いまだ帰国が実現していない。横田さんの両親は拉致被害者家族会の設立に関わり、国内外で拉致問題の解決を訴える活動を続けた。この事件は、北朝鮮による国家的な拉致という異例の犯罪行為の実態を日本社会に広く認識させる転機となった。

新潟県内で相次いだ拉致

横田さんが姿を消した新潟市の海岸周辺は、後の捜査で北朝鮮工作員による日本人拉致の現場となった地域の一つとされ、同じ新潟県内で複数の拉致事件が発生していたことが明らかになっている。

経過

  1. 1977年11月15日
    昭和52年

    事件・事故 横田めぐみさんが下校途中に消息を絶つ

  2. 1997年
    平成9年

    捜査 警察庁が北朝鮮による拉致事件と認定

  3. 2002年9月17日
    平成14年

    その他 日朝首脳会談で北朝鮮が拉致を認め謝罪

    横田さんについては北朝鮮側が「死亡」と説明したが、日本側は北朝鮮の説明を認めていない。

出典・参考資料

この事件については、判決文・調査報告書などの一次資料をまだ確認できていません。以下は報道・文献などの参考資料です(出典の方針)。

さらに調べるには

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「横田めぐみさん拉致事件」事件JP、2026年11月2日閲覧。https://jiken.jp/cases/1977-yokota-megumi-abduction/
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