福島第一原子力発電所事故 通称: 福島第一原発事故
結末
2025年3月、最高裁が上告を退け、強制起訴された東京電力の旧経営陣2人の無罪が確定(元会長は死去で公訴棄却)
- 事件が変えた法律・制度原子力規制委員会の設置と新規制基準の策定につながった
2011年(平成23年)3月11日、東北地方太平洋沖地震の津波により東京電力福島第一原子力発電所が全交流電源を失い、1号機から3号機で炉心溶融が起きた。翌12日から15日にかけて1号機・3号機・4号機の原子炉建屋が水素爆発で破損し、大量の放射性物質が環境へ放出された。国際原子力事象評価尺度で最も深刻なレベル7と評価され、政府は同心円状に避難指示を拡大、10万人を超える住民が住まいを離れた。事故調査は複数の委員会によって行われ、原子力安全規制の体制そのものが組み替えられた。刑事・民事の責任追及では、旧経営陣の刑事責任は問われないという判断が確定している。
※イメージ画像(生成AIによる概念イラストであり、実際の現場・関係者を写したものではありません)
スポンサーリンク
地震と津波、全交流電源の喪失
2011年(平成23年)3月11日午後2時46分、東北地方太平洋沖地震が発生した。東京電力福島第一原子力発電所では運転中だった1号機から3号機が自動停止し、外部からの送電も止まったため、非常用ディーゼル発電機が起動して冷却を続けていた。
地震から41分後の午後3時27分ごろ、津波の第一波が到達する。敷地に押し寄せた波の高さは遡上高で14〜15メートルに達し、海側に置かれていた非常用発電機や配電盤が海水に浸かった。午後3時半ごろまでに1号機から4号機は交流電源をすべて失い、原子炉の水位や圧力を測る計器さえ使えない状態に陥った。
政府は同日午後7時3分、原子力災害対策特別措置法に基づく原子力緊急事態宣言を発令した。この法律が1999年のJCO臨界事故を受けて制定されて以来、宣言が出されたのは初めてである。
スポンサーリンク
炉心溶融と建屋の爆発
冷却の手立てを失った原子炉では、燃料が水面から露出して過熱し、炉心溶融が進行した。1号機では3月11日の夜から翌日にかけて燃料の大半が溶け落ちたとみられている。2号機と3号機でも、非常用の注水設備が停止した後に同様の経過をたどった。
高温になった燃料被覆管のジルコニウムが水蒸気と反応して水素が発生し、原子炉建屋の上部にたまった。3月12日午後3時36分に1号機、14日午前11時すぎに3号機、15日午前6時14分ごろに4号機の建屋が相次いで爆発し、屋根や壁が吹き飛んだ。4号機は運転を停止して燃料を使用済燃料プールに移していたが、3号機から流れ込んだ水素によって損傷したとされる。
放出された放射性物質の量は、ヨウ素131とセシウム137の合計で放射性ヨウ素に換算しておよそ90京ベクレルと推計されている。国際原子力事象評価尺度による評価は当初のレベル3から段階的に引き上げられ、4月12日には最も深刻なレベル7とされた。
避難指示の拡大
避難指示は、事態の悪化に合わせて同心円状に広げられていった。3月11日午後8時50分に半径2キロメートル、同日午後9時23分に半径3キロメートル、翌12日午前5時44分に半径10キロメートル、同日午後6時25分に半径20キロメートルと、1日足らずの間に4度拡大された。
指示が短時間で更新されたため、いったん避難した先が次の避難区域に入るという事態が各地で起きた。放射性物質の拡散を予測するシステムの計算結果が公表されなかったことや、風向きによっては同心円の外側でも線量が高くなることが後に明らかになり、避難の方法をめぐる批判につながった。
住まいを離れた住民は10万人を超え、県外へ移った人も多い。避難区域の再編は段階的に進められ、帰還が可能になった地域がある一方、帰還困難区域は現在も残る。長期の避難生活による健康被害や、いわゆる災害関連死も生じており、事故の人的な影響は放射線の直接的な影響だけでは測れない。
事故調査と規制の再編
この事故については、性格の異なる複数の調査委員会が並行して検証を行った。政府が設けた「東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会」(政府事故調)は2011年5月に設置され、同年12月に中間報告、2012年7月23日に最終報告を公表した。国会が設けた「東京電力福島原子力発電所事故調査委員会」(国会事故調)は、国権の最高機関のもとに置かれた憲政史上初の調査委員会として2012年7月5日に報告書をまとめている。ほかに東京電力自身による報告と、民間の独立検証委員会による報告がある。
国会事故調の報告書は、この事故を自然災害ではなく「明らかに人災」と位置づけた。津波の危険性が事前に指摘されていたにもかかわらず対策が先送りされたこと、規制する側とされる側の関係が逆転していたことを指摘した点が、特に注目された。
規制体制も組み替えられた。原子力の推進を担う省庁のもとに規制機関が置かれていた従来の体制が改められ、2012年9月19日、環境省の外局として原子力規制委員会が発足した。新たに定められた規制基準では、地震・津波への対策やシビアアクシデント対策が要求事項として明文化されている。
刑事・民事の責任追及
刑事責任については、検察が二度にわたり不起訴としたのち、検察審査会の起訴議決を経て、2016年2月、東京電力の旧経営陣3人が業務上過失致死傷罪で強制起訴された。争点は、地震前に公表されていた地震の長期評価に基づいて巨大津波の到来を予見できたかどうかであった。
東京地方裁判所は2019年9月19日、予見可能性を否定して全員に無罪を言い渡した。東京高等裁判所も2023年1月18日に一審を支持した。上告審の審理中に元会長の被告人が2024年10月に死去し、同年11月に公訴が棄却された。残る元副社長2人については、2025年3月5日、最高裁判所第2小法廷が検察官役の指定弁護士による上告を退ける決定をし、無罪が確定した。
民事では、東京電力の株主が旧経営陣に対して会社への賠償を求める株主代表訴訟を起こした。東京地方裁判所は2022年7月13日、旧経営陣4人に13兆3,210億円の支払いを命じる判決を言い渡したが、東京高等裁判所は2025年6月6日にこれを取り消し、株主側の請求を棄却している。
一方、避難を強いられた住民らが国と東京電力に損害賠償を求めた集団訴訟は各地で提起され、東京電力の賠償責任を認める判決が重ねられてきた。原子力損害賠償に関する制度も、この事故を機に大きく見直されている。
廃炉という長い作業
福島第一原子力発電所の廃止措置は、事故から30年から40年をかけて進める計画とされている。最大の難関は、溶け落ちて原子炉の底やその下部にたまった燃料デブリの取り出しである。
2024年11月、2号機から試験的な取り出しが行われ、耳かき1杯にも満たない量の試料が採取された。分析のためのごくわずかな量であり、本格的な取り出しの見通しはなお立っていない。周辺の線量が高く人が近づけないため、遠隔操作の機器を新たに開発しながら作業を進めることになる。
汚染水の処理も長く続く課題である。処理した水の海洋放出は2023年に始まったが、漁業への影響や周辺国との関係を含め、社会的な議論を伴っている。
事故から10年以上が経ってなお、避難指示が続く地域があり、廃炉の工程は始まったばかりである。原子力事故がもたらす時間の長さそのものが、この事故の性格を最もよく表している。
経過
-
2011年3月11日
平成23年
事件・事故
津波により福島第一原子力発電所が全交流電源を喪失
午後3時27分ごろ津波が到達し、午後3時半ごろまでに1〜4号機が交流電源をすべて失った。
-
2011年3月11日
平成23年
その他
政府が原子力緊急事態宣言を発令
午後7時3分に発令。原子力災害対策特別措置法に基づく初めての宣言となった。
-
2011年3月12日
平成23年
その他
1号機の原子炉建屋が水素爆発
午後3時36分。14日に3号機、15日に4号機の建屋も爆発した。同日午後6時25分には半径20キロメートルへ避難指示が拡大された。
-
2011年4月12日
平成23年
その他
国際原子力事象評価尺度でレベル7と評価される
当初のレベル3から段階的に引き上げられ、最も深刻な区分となった。
-
2012年7月5日
平成24年
その他
国会事故調が報告書を公表
国会に設置された調査委員会として、この事故を「明らかに人災」と位置づけた。
-
2012年7月23日
平成24年
その他
政府事故調が最終報告を公表
2011年12月の中間報告に続くもの。
-
2012年9月19日
平成24年
その他
原子力規制委員会が発足
推進官庁のもとに規制機関を置く従来の体制が改められ、環境省の外局として設置された。
-
2016年2月
平成28年
起訴
東京電力の旧経営陣3人が業務上過失致死傷罪で強制起訴される
検察審査会の起訴議決を経た強制起訴。
東京地方裁判所
-
2019年9月19日
令和元年
判決
東京地方裁判所が旧経営陣に無罪を言い渡す
巨大津波の予見可能性を否定した。
東京地方裁判所
-
2022年7月13日
令和4年
判決
東京地方裁判所が株主代表訴訟で13兆3,210億円の賠償を命じる
旧経営陣4人に対する会社への賠償を命じた一審判決。
東京地方裁判所
-
2023年1月18日
令和5年
判決
東京高等裁判所が刑事裁判の控訴を棄却
一審の無罪判決が維持された。
東京高等裁判所
-
2025年3月5日
令和7年
判決
最高裁判所が上告を退け旧経営陣2人の無罪が確定
検察官役の指定弁護士による上告を棄却する決定が出された。
最高裁判所
-
2025年6月6日
令和7年
判決
東京高等裁判所が株主代表訴訟の一審判決を取り消す
巨大津波の予見可能性はなかったとして、株主側の請求を棄却した。
東京高等裁判所
出典・公的資料
一次資料 2件
判決文・白書・調査報告書・法令など、原典にあたれる資料を掲載しています。
-
◆調査報告書
国立国会図書館 2012年8月23日発行
政府事故調・国会事故調・東京電力・民間の4つの調査委員会の設置経過、報告書の公表日、結論の相違を確認。
-
◆調査報告書
国立国会図書館インターネット資料収集保存事業(WARP)保存版 2012年7月5日発行
国会事故調の報告書本文を確認。「明らかに人災」とする結論と規制の在り方への指摘を参照した。
-
その他
東京電力ホールディングス
事業者自身による事故時の時系列記録と廃炉作業の進捗を確認。
-
その他
原子力規制委員会
2012年9月19日の発足と、規制と推進を分離した組織上の位置づけを確認。
-
その他
ウィキペディア日本語版
津波到達時刻と遡上高、建屋爆発の時刻、避難指示の拡大の経過、放出量の推計値、刑事・民事各裁判の判決日を確認。
この記事を引用する
レポート・記事などで本ページを参照する際は、以下の表記をご利用ください。一次資料までたどる方法は調べ学習・レポートでの使い方をご覧ください。
「福島第一原子力発電所事故」事件JP、2026年10月27日閲覧。https://jiken.jp/cases/2011-fukushima-daiichi-nuclear-accident/
スポンサーリンク
更新履歴
-
2026年10月5日
ステータスを「終結」→「判決確定」に訂正(刑事裁判で判決が確定しているため。無罪確定を含む)
-
2026年9月30日
事実精度監査:刑事裁判の最高裁決定日(2025年3月5日)と、元会長の死去による公訴棄却の経緯を訂正・追記
-
2026年8月24日
初版公開
本ページは公的資料に基づいて作成しています。情報の誤りにお気づきの場合や、掲載内容の削除・訂正のご依頼は
お問い合わせ・削除依頼よりご連絡ください。
出典: https://jiken.jp/cases/2011-fukushima-daiichi-nuclear-accident/(2026-10-27 取得)/ 事件JP