東日本大震災 通称: 東北地方太平洋沖地震

発生日 2011年3月11日(平成23年) 2011年(平成23年)の事件 / 3月11日に起きた事件
経過 発生から15年7か月
発生場所 宮城県 仙台市ほか東北地方太平洋沿岸部
種別 災害
状態 終結
被害 死者 15,901人  負傷者 6,254人
2011年(平成23年)3月11日14時46分、三陸沖を震源とするマグニチュード9.0の東北地方太平洋沖地震が発生し、宮城県栗原市で震度7を観測したほか、東北地方から関東地方にかけての広い範囲で強い揺れとなった。地震とその後の巨大津波により、警察庁のまとめで死者は1万5千人を超え、行方不明者は2千人を超える。消防庁のまとめでは、災害関連死を含めた死者・行方不明者は2万2千人を超え、戦後最悪の自然災害となった。津波は東京電力福島第一原子力発電所を襲い、国際原子力事象評価尺度で最も深刻なレベル7の原子力事故を引き起こした。
東日本大震災を象徴する概念イラスト
※イメージ画像(生成AIによる概念イラストであり、実際の現場・関係者を写したものではありません)
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地震と津波の発生

2011年3月11日14時46分18秒、宮城県牡鹿半島の東南東約130キロ、深さ約24キロを震源として、マグニチュード9.0の東北地方太平洋沖地震が発生した。これは日本国内観測史上最大の地震であり、宮城県栗原市で最大震度7を観測したほか、東北地方から関東地方にかけての広い範囲で強い揺れが観測された。地震の発生から間もなく、東北地方の太平洋沿岸を中心に巨大な津波が襲来し、岩手県・宮城県・福島県などの沿岸部の市街地が壊滅的な被害を受けた。津波の高さは場所によって10メートルを超え、遡上高が40メートルを超えた地点もあった。
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津波警報の過小評価と避難行動の課題

気象庁は地震の規模をマグニチュード7.9と推定し、地震発生から3分後の14時49分に津波警報の第1報を発表した。予想される津波の高さは宮城県で6メートル、岩手県・福島県で3メートルであった。しかし実際の地震の規模ははるかに大きく、地震波が国内の広帯域地震計の測定範囲を超えたため、精度の高いモーメントマグニチュードを速やかに計算することもできなかった。15時10分ごろから沖合のGPS波浪計で潮位の急上昇が観測されたことを受けて、気象庁は15時14分、予想高さを宮城県で10メートル以上、岩手県・福島県で6メートルなどに引き上げた。内閣府の検討会の資料は、岩手県や福島県に発表した「3メートル」という予想や、津波情報で発表された「第1波0.2メートル」などの観測結果が、避難の遅れや中断につながった例があったと考えられるとしている。同資料は改善の方向性として、マグニチュード8を超えるような巨大地震では、津波警報の第1報で予想される津波の高さを数値で発表せず定性的な表現とすることなどを示した。

「釜石の奇跡」に象徴される防災教育の成果

岩手県釜石市の鵜住居地区では、鵜住居小学校と釜石東中学校にいた児童・生徒約570人が全員無事に避難し、「釜石の奇跡」と呼ばれた。地震直後、小学校の児童はいったん校舎の3階に集まったが、隣の中学校の生徒が校庭に駆け出す様子を見て、日頃から行っていた合同訓練を思い出し、自らの判断で校庭に出た。児童・生徒は約500メートル先の高台にあるグループホームまで避難し、さらに高台の介護福祉施設、そして石材店へと、状況に応じて避難場所を移していった。「想定にとらわれない」「その状況下において最善をつくす」「率先避難者になる」という防災教育の三原則が実践された事例として、全国の防災教育で参照されている。

被害の規模と原発事故

警察庁のまとめ(2026年3月1日時点)によれば、この震災による死者は1万5,901人、行方不明者は2,519人にのぼる。消防庁のまとめ(同日時点)では、震災関連死を含めた死者は1万9,787人、行方不明者は2,549人で、合わせて2万2千人を超える。負傷者は6,254人、住家の全壊は約12万2千棟、半壊は約28万8千棟に達した。津波は東京電力福島第一原子力発電所を襲い、非常用電源を含む電源設備が機能を失ったことで炉心冷却ができなくなり、複数の原子炉で炉心溶融(メルトダウン)が発生した。この原子力事故は国際原子力事象評価尺度(INES)で最も深刻なレベル7と評価され、周辺住民の長期避難や広範囲の除染作業を伴う、地震・津波と原子力事故が重なった複合災害となった。

帰還困難区域と廃炉作業の現状

福島県には現在も、南相馬市・富岡町・大熊町・双葉町・浪江町・葛尾村・飯舘村の7市町村にまたがる約309平方キロメートル(県の面積の約2.2%)の帰還困難区域が残る。帰還困難区域のうち、先行して除染やインフラ整備を進めた6町村の特定復興再生拠点区域では、2023年11月までに全域で避難指示が解除された。一方で、実際に帰還した住民は少数にとどまっている。福島第一原発では廃炉作業が続いており、事故から15年余りを経てなお、溶け落ちた核燃料(燃料デブリ)の取り出しなど困難な工程が残る。除染で生じた土壌については、中間貯蔵の開始から30年以内(2045年3月まで)に福島県外で最終処分を完了することが法律で定められており、政府は2025年8月、2030年ごろから最終処分場の候補地の選定に着手し、2035年をめどに処分場の仕様の具体化と候補地の選定を進めるとするロードマップを決定した。

その後の復興

震災後、被災した沿岸自治体では防潮堤のかさ上げや高台への集団移転、災害公営住宅の整備など、長期間にわたる復興事業が進められた。震災発生日である3月11日には、被災地をはじめ全国各地で毎年追悼行事が行われており、震災の記憶と教訓を次世代に伝える「震災伝承」の取り組みが各地で継続されている。震災関連死の認定も長期間にわたって続けられ、避難生活の長期化やストレスに起因する死亡が後年になって追加認定されるケースも見られた。

経過

  1. 2011年3月11日
    平成23年

    事件・事故 東北地方太平洋沖地震が発生

    14時46分、マグニチュード9.0の地震が発生し、巨大津波が沿岸部を襲った。

  2. 2011年3月11日
    平成23年

    その他 福島第一原発で全電源喪失

    非常用電源を含む電源設備が機能を失い、炉心冷却が不能になった。

  3. 2023年11月
    令和5年

    その他 6町村の特定復興再生拠点区域で避難指示解除

  4. 2025年8月26日
    令和7年

    その他 除去土壌の県外最終処分に向けたロードマップを決定

    2030年ごろから最終処分場の候補地の選定に着手し、2035年をめどに候補地を選定するとした。

出典・公的資料

一次資料 6件 判決文・白書・調査報告書・法令など、原典にあたれる資料を掲載しています。

さらに調べるには

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日頃の備え

大きな地震では、電気・水道・物流が数日以上止まることがあります。最低3日分、できれば1週間分の備えが勧められています。

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「東日本大震災」事件JP、2026年10月31日閲覧。https://jiken.jp/cases/2011-great-east-japan-earthquake/
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更新履歴

  • 2026年10月1日 事実精度監査:「12都道県で最大震度7」との誤りを訂正(震度7は栗原市)、津波警報第1報の予想高さ(宮城県6m・岩手県・福島県3m)と過小評価の経緯を内閣府資料に基づき訂正、被害数値を2026年3月時点に更新、除去土壌のロードマップの内容と県外最終処分の法定期限の関係を訂正
  • 2026年8月11日 記事内容を拡充(津波警報の過小評価、「釜石の奇跡」、帰還困難区域と廃炉作業の現状などを追加)
  • 2026年7月16日 初版公開

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