JCO臨界事故
| 発生日 | 1999年9月30日(平成11年) |
|---|---|
| 経過 | 発生から26年9か月 |
| 発生場所 | 茨城県 那珂郡東海村 |
| 種別 | 事故 |
| 状態 | 終結 |
| 被害 | 死者 2人 |
1999年(平成11年)9月30日、茨城県那珂郡東海村の核燃料加工施設で、作業員が違法な手順でウラン溶液を扱ったことにより臨界事故が発生した。作業員2人が被曝により死亡し、周辺住民ら667人が被曝するという、日本国内で初めて事故による死者を出した原子力事故となった。
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事故の経過
1999年9月30日午前、茨城県那珂郡東海村にある核燃料加工会社JCOの施設内で、作業員がウラン加工の効率化を図るため、定められた手順を逸脱してウラン溶液を規定量を超えてステンレス製の容器に注ぎ込んだ。この結果、ウラン溶液が核分裂の連鎖反応が持続する「臨界」状態に達し、大量の中性子線とガンマ線が放出される事態となった。臨界状態は約20時間にわたって断続的に継続し、直近で作業していた作業員3人のうち2人が致死量に近い中性子線を浴びた。2人は大量の細胞・皮膚が破壊される重篤な放射線障害を負い、大学病院で懸命な治療が続けられたが、それぞれ事故から83日後・211日後に死亡した。国内における被曝治療の限界を突きつけた事例として、その後の医学界でも詳しく検証されている。施設の周辺住民や消防隊員ら合わせて667人が被曝したとされる。
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対応と社会への影響
事故発生当初、施設から半径350メートル圏内の住民約150人に避難要請が出され、その後半径10キロメートル圏内の住民約31万人に屋内退避が要請された。しかし事故の深刻さの把握や情報伝達には混乱があり、住民への周知が後手に回った面も指摘されている。この事故は日本国内で初めて、原子力事故による死者を出した事例となり、日本の原子力安全規制のあり方に大きな衝撃を与えた。事故を受け、同年12月には原子力災害対策特別措置法が制定され、原子力事業者に対する国の監視体制の強化や、原子力災害時の緊急対応体制の整備が図られた。JCOの東海事業所加工施設は事故後に許可を取り消され、操業を停止した。この事故は、核燃料を扱う現場作業員へのマニュアル教育や安全管理体制が、実際には形骸化していた実態を露呈させ、原子力施設に対する社会の信頼を大きく損なった。以後、国内の原子力関連施設では、臨界安全に関する教育・訓練の徹底や、規定手順からの逸脱を防ぐための管理体制の強化が進められることとなった。
経過
-
1999年9月30日
平成11年事件・事故 ウラン加工施設で臨界事故が発生
作業員2人が被曝により死亡。周辺住民ら667人が被曝。
出典・公的資料
- その他
- 公的発表・広報
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「JCO臨界事故」事件データベース jiken.jp、2026年7月29日閲覧。https://jiken.jp/cases/1999-jco-criticality-accident/
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更新履歴
- 2026年7月17日 初版公開
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