昭和57年7月豪雨 通称: 長崎大水害

発生日 1982年7月23日(昭和57年) 〜 1982年7月25日
経過 発生から44年
発生場所 長崎県 長崎市ほか県内各地
種別 災害
状態 終結
被害 死者 299人  負傷者 805人
1982年7月23日夕方から翌24日未明にかけて、長崎県長崎市を中心に記録的な集中豪雨が発生した。長与町では1時間雨量187mmという当時の日本観測史上最高値を記録し、県内で土石流や崖崩れが多発した。死者・行方不明者は299人にのぼり、その多くが土砂災害によるものだった。この災害を機に気象庁は「記録的短時間大雨情報」の運用を開始した。
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豪雨の発生

1982年7月23日午後7時からの1時間に長与町で187mmという猛烈な雨が降り、長崎市を中心に河川氾濫と土砂災害が同時多発した。県内で多数の土砂災害が発生したとされる。
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被害の状況

死者・行方不明者299人のうち大半が土石流・崖崩れによるもので、水害でありながら土砂災害による犠牲が水死を大きく上回った点が特徴とされる。重傷16人・軽傷789人の人的被害も生じた。

教訓

この災害を教訓に、気象庁は「記録的短時間大雨情報」の運用を開始するなど、防災情報の改善が図られた。

眼鏡橋・中島川石橋群の被災と復旧

長崎大水害では、中島川に架かる国指定重要文化財「眼鏡橋」を含む石橋群11橋のうち6橋が流失、3橋が一部流失・大破する被害を受けた。復旧にあたり河川改修の観点から石橋撤去も検討されたが、市民運動や文化庁の働きかけにより現地保存の方針に転換。眼鏡橋前後の区間は川幅を拡幅せず、両岸にバイパス水路(トンネル)を設けて洪水を分流させる方式が採用され、1986年に復元・架け替えが完了した。治水と文化財保存の両立を図った事例として知られる。

経過

  1. 1982年7月23日
    昭和57年

    事件・事故 長崎市を中心に記録的豪雨が発生

    土石流・崖崩れが多発

  2. 1982年7月24日
    昭和57年

    その他 被害が県内各地で拡大

    死者・行方不明者299人にのぼった

  3. 1982年7月25日
    昭和57年

    その他 気象庁が「昭和57年7月豪雨」として記録

出典・公的資料

一次資料 1件 判決文・白書・調査報告書・法令など、原典にあたれる資料を掲載しています。

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レポート・記事などで本ページを参照する際は、以下の表記をご利用ください。

「昭和57年7月豪雨」事件データベース jiken.jp、2026年7月29日閲覧。https://jiken.jp/cases/1982-nagasaki-gouu/

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更新履歴

  • 2026年7月12日 本文を増補(「眼鏡橋・中島川石橋群の被災と復旧」セクションを追加)
  • 2026年7月11日 初版公開

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