東大ポポロ事件

結末 1973年3月、最高裁が上告を棄却し、学生2人の有罪(懲役6か月と4か月、いずれも執行猶予2年)が確定

発生日 1952年2月20日(昭和27年) 1952年(昭和27年)の事件 / 2月20日に起きた事件
経過 発生から74年8か月 1973年3月22日の確定から53年7か月
発生場所 東京都 文京区本郷(東京大学)
種別 その他
状態 判決確定
1952年(昭和27年)2月20日、東京大学本郷キャンパスで開催された劇団「ポポロ」による演劇発表会に、私服警察官4人が観客として潜入していたことが発覚し、東京大学の学生が警察官に暴行を加えた。学生の行為が正当防衛にあたるかが争われ、最高裁判所大法廷は1963年、大学における学問の自由・大学の自治の憲法上の意義を示す判断を示した。
東大ポポロ事件を象徴する概念イラスト
※イメージ画像(生成AIによる概念イラストであり、実際の現場・関係者を写したものではありません)
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事件の経緯

1952年2月20日、東京大学本郷キャンパスで、学生劇団「ポポロ」による、松川事件を題材とした演劇の発表会が開催された。この会場に、警視庁本富士警察署の私服警察官4人が観客に紛れて潜入し、学生の言動等を情報収集していた。会場内でこれに気づいた学生らが警察官を取り押さえ、警察手帳を取り上げたうえ暴行を加えた。
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劇団ポポロと当時の学生運動の状況

劇団「ポポロ」は東京大学の学生団体で、当時社会的に大きな注目を集めていた松川事件(列車転覆事件をめぐる冤罪疑惑)を題材とした演劇を上演していた。1950年代前半は、学生運動や左翼系の社会運動に対する警察の情報収集活動が活発化していた時期であり、大学構内における私服警察官の活動の是非が、大学の自治との関係でしばしば問題化していた。

裁判の経過

学生2人が暴力行為等処罰ニ関スル法律違反で起訴された。1954年5月11日の一審・東京地方裁判所は、警察官の学内への立ち入りが学問の自由・大学の自治を侵害する違法なものであったとして学生を無罪とし、1956年5月8日の控訴審・東京高等裁判所もこれを支持した。これに対し検察側が上告した。

最高裁判所の判断

1963年5月22日、最高裁判所大法廷は原判決を破棄し、事件を東京地方裁判所に差し戻した。判決は、憲法23条が学問研究の自由とその発表の自由を保障し、大学については真理探究を目的とする学問の中心として特にこれを保障するとしたうえで、本件の集会は真に学問的な研究や発表のためのものではなく、実社会の政治的社会的活動にあたる性質のものであったと判断し、警察官の立ち入りを一律に大学の自治の侵害とはいえないとした。差戻し後の東京地方裁判所は1965年6月26日、学生2人に有罪判決(懲役6か月・4か月、いずれも執行猶予2年)を言い渡した。1966年9月14日に東京高等裁判所が控訴を棄却し、1973年3月22日に最高裁判所が上告を棄却して有罪が確定した。事件から21年後のことだった。

判例としての影響

東大ポポロ事件判決は、大学の自治が無制限に保障されるものではなく、学問研究とは異なる政治的・社会的活動については、大学構内であっても一般社会と同様の規律に服するという枠組みを示した点で、その後の大学と警察活動をめぐる議論に大きな影響を与えた。今日でも、憲法の教科書や司法試験の学習において必ず取り上げられる基本判例の一つとされている。

事件の位置づけ

本件は、日本国憲法23条が保障する学問の自由・大学の自治の内容と限界を示した最高裁判所大法廷判決として、憲法学・教育法学の代表的判例に数えられている。大学における集会が「実社会の政治的活動」とみなされる場合には大学の自治の保護が及ばないとする判断枠組みは、その後の同種の事件でもたびたび参照されている。学問の自由・大学の自治という憲法上の権利が、大学構内であれば無制限に及ぶわけではなく、活動の実質的な性格によって保護の範囲が画されるという判断枠組みは、その後の大学における集会・政治活動をめぐる紛争でも繰り返し参照される基本的な考え方となっている。本件はまた、公権力による情報収集活動と個人の権利保護との関係を考えるうえでも、繰り返し参照される先例となっている。

審理・経過の流れ

  1. 事件・事故 1952年2月20日
  2. 判決 1954年5月11日 +811日
  3. 判決 1963年5月22日 +3,298日
  4. 判決 1965年6月26日 +766日
  5. 判決 1973年3月22日 +2,826日

経過

  1. 1952年2月20日
    昭和27年

    事件・事故 私服警察官の潜入発覚と学生による暴行

    劇団ポポロの発表会に潜入していた私服警察官に学生が暴行を加えた。

  2. 1954年5月11日
    昭和29年

    判決 一審・東京地裁が学生を無罪とする

    警察官の立ち入りを大学の自治を侵害する違法なものとした。1956年5月8日の控訴審も一審を支持した。

    東京地方裁判所

  3. 1963年5月22日
    昭和38年

    判決 最高裁判所大法廷が原判決を破棄し差し戻し

    学問の自由・大学の自治についての憲法判断を示し、事件を東京地裁に差し戻した。

  4. 1965年6月26日
    昭和40年

    判決 差戻し後の東京地裁で学生2人に有罪判決

    懲役6か月・4か月、いずれも執行猶予2年の有罪判決が言い渡された。

    東京地方裁判所

  5. 1973年3月22日
    昭和48年

    判決 最高裁が上告を棄却し、有罪が確定

    1966年9月14日の差戻し控訴審(東京高裁)の控訴棄却を経て確定した。

    最高裁判所

出典・公的資料

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「東大ポポロ事件」事件JP、2026年10月27日閲覧。https://jiken.jp/cases/1952-todai-poporo-incident/
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更新履歴

  • 2026年9月28日 有罪確定の時期の誤り(1965年→1973年の上告棄却)を訂正し、一審・控訴審・差戻し控訴審の日付と被告人数を補記、根拠のない記述を削除
  • 2026年8月19日 初版公開

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