能代大火 通称: 第一次能代大火
| 発生日 | 1949年2月20日(昭和24年) 1949年(昭和24年)の事件 / 2月20日に起きた事件 |
|---|---|
| 経過 | 発生から77年8か月 |
| 発生場所 | 秋田県 能代市 |
| 種別 | 事故 |
| 状態 | 終結 |
| 被害 | 死者 3人 負傷者 874人 |
1949年2月20日未明、秋田県能代市で起きた大火。強い西風にあおられて火は市街地に広がり、同日朝8時に鎮火するまでに住家と非住家あわせて2,238棟が焼け、死者3人を出した。焼失面積は市街地の約42%に及び、木材の町の工場や官庁街も焼けた。火災後、市は幅23〜30メートルの防火帯で市街地を区切る復興都市計画を打ち出し、約72万平方メートルの土地区画整理事業を行った。能代市は1956年にも大火に見舞われている(第二次能代大火)。
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強い西風の夜
秋田地方気象台によると、火災前夜の2月19日、東北地方は冬型の気圧配置となり、20日には前線を伴った低気圧が発達しながら日本海を進んだ。秋田では20日午前1時に西北西の風15.7メートルの最大風速を観測し、最小湿度は45%まで下がった。気象台は、当時の秋田県の沿岸部では毎秒10メートルを超える強い西寄りの風が吹いていたと推定している。2月20日午前0時35分ごろ(消防白書では0時30分)、能代市上川反から火が出た。消防白書は、出火原因をストーブの残り火の不始末としている。
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市街地を焼いた火
火は強い西風にあおられて市街地全体に広がり、同日午前8時に鎮火した。秋田地方気象台によると、住家1,296棟(1,755世帯)と、土蔵346棟を含む非住家942棟が全焼した。焼失区域は、富町、羽立町、大町、上後、長根、後町、馬喰町、後指南町、万町、畠町、幸町、上町、上川反に及んだ。日本建築学会の論文によると、焼失面積は約83万平方メートルで市街地の約42%にあたり、全市の戸数の約20%が焼けた。焼けた建物には、木材関係の工場や中心市街地の官庁街も含まれていた。木材業界の被害額だけで7億円を超え、被害総額は30億2,559万円に達した。
被害の数字
死者は3人で、各資料で一致している。一方、負傷者の数は資料によって大きく異なり、消防白書の大火記録は874人、秋田地方気象台の資料は265人、内閣府の報告書が引く秋田大百科事典は重軽傷132人としている。罹災世帯も、消防白書は2,239世帯、罹災人員8,790人とする一方、気象台や国会の答弁では1,755世帯とされている。損害額は、消防白書と気象台が約30億円、内閣府の報告書は47億円としている。
国の対応
戦災を受けた都市の借地・借家の関係を整理するために作られた「罹災都市借地借家臨時処理法」は、その後の改正で火災や震災などの災害にも適用できるようになっていた。1949年4月16日の衆議院本会議で、法務委員長は、能代市の大火はまさにこの法律で指定されるべき災害だと報告した。政府は、焼失家屋がおよそ1,000戸の場合で、県や市から要請があれば適用してきたと説明した。能代市をこの法律の適用地区に指定する法律(昭和24年法律第51号)は、同年5月7日に公布された。
防火帯の復興都市計画
日本建築学会の論文によると、能代市は「能代市復興都市計画基本方針」を打ち出して全面的な都市計画に着手し、焼失区域を含む約72万平方メートルで市施行の土地区画整理事業を行った。市街地を東西2本、南北2本の幅23〜30メートルの防火帯で区切り、十分な植樹と貯水槽を設けて防火の機能を持たせた。道路網も整え、焼失区域内の寺院と墓地は郊外に移し、跡地を公園緑地とした。秋田県の都市計画の方針は、能代地域の中心部は1949年と1956年の大火後の火災復興によって都市基盤の整った市街地が形成されていると記している。
7年後の第二次大火
1956年3月20日、能代市は再び大火に見舞われた。消防白書によると、この第二次能代大火では1,475棟が焼け、1,263世帯、6,087人が被災した。内閣府の中央防災会議の報告書は、1949年の大火の後に防火地帯の設置や道路の拡張を中心とした都市計画が実施されたものの、1956年の大火では、消防水利の不足や耐火構造の建物の普及の遅れ、バラック住宅の過密化、公園緑地の不足などの問題が浮き彫りになったと指摘している。
経過
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1949年2月20日
昭和24年事件・事故 能代市上川反から出火、強い西風で市街地に延焼
午前8時に鎮火。2,238棟が焼失
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1949年4月16日
昭和24年その他 衆議院で能代市への借地借家臨時処理法の適用案を可決
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1949年5月7日
昭和24年その他 能代市を適用地区に指定する法律が公布
昭和24年法律第51号
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1956年3月20日
昭和31年その他 第二次能代大火が起きる
1,475棟が焼失
出典・公的資料
一次資料 5件 判決文・白書・調査報告書・法令など、原典にあたれる資料を掲載しています。
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調査報告書
秋田地方気象台気象概況と観測値、00時35分に上川反から出火、住家1,296棟・非住家942棟、死者3名・負傷者265名、08時の鎮火、焼失区域、被害総額30億2,559万円を確認
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白書・統計資料
総務省消防庁 2024年1月1日発行1949年の出火時刻・死者3・負傷者874・罹災世帯2,239・罹災人員8,790・焼損2,238棟・原因(ストーブの残火の不始末)、1956年の大火の被害を確認
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その他
日本建築学会計画系論文集 66巻550号 2001年12月1日発行焼失面積約83万平方メートル(市街地の約42%)、全市戸数の約20%、官庁街の焼失、復興都市計画基本方針、約72万平方メートルの区画整理、防火帯と寺院・墓地の移転を確認
- 調査報告書
- 調査報告書
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その他
国立国会図書館 国会会議録検索システム 1949年4月16日発行能代市の大火が罹災都市借地借家臨時処理法で指定されるべき災害とされたこと、焼失家屋約1,000戸の目安を確認
- その他
- その他
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法令
名古屋大学 日本法令データベース 1949年5月7日発行法律番号と公布日(昭和24年5月7日)を確認
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「能代大火」事件JP、2026年10月27日閲覧。https://jiken.jp/cases/1949-noshiro-great-fire/
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更新履歴
- 2026年10月15日 初版公開
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