北伊豆地震
| 発生日 | 1930年11月26日(昭和5年) |
|---|---|
| 経過 | 発生から95年8か月 |
| 発生場所 | 静岡県 田方郡函南町付近(丹那盆地) |
| 種別 | 災害 |
| 状態 | 終結 |
| 被害 | 死者 272人 負傷者 572人 |
静岡県伊豆半島北部を震源とする直下型地震。死者・行方不明者272人、負傷者572人を出した。
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地震の経過
1930年(昭和5年)11月26日早朝、静岡県伊豆半島北部の丹那盆地付近(田方郡函南町付近)を震源とする直下型地震が発生した。地元では「伊豆大震災」、神奈川県側では「豆相地震」とも呼ばれる。地震の規模はマグニチュード7.3で、震源に近い静岡県三島市では震度6の烈震を観測したほか、北は福島県・新潟県、西は大分県まで揺れを感じるなど、広い範囲に影響が及んだ。
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被害の状況
この地震により、死者・行方不明者272人、負傷者572人、全壊2165戸、半壊5516戸、焼失75戸という甚大な被害が発生した。震源付近では震度6から7相当の揺れがあったとみられ、東京都心など関東各地でも震度4から5を観測した。地震により長さ35キロメートル以上に及ぶ丹那断層と、これに直交する姫之湯断層などが新たに出現した。
丹那トンネルへの影響
当時建設中だった東海道本線・丹那トンネル(熱海駅〜函南駅間)は、この地震による断層運動の影響でトンネルの断面が大きく食い違う事態となった。工事は難航を極めたが、最終的に断層のズレに対応する形でトンネルは完成し、1934年に開通した。地震断層が進行中の大規模土木工事に直接影響を与えた事例として、地震工学の分野でも取り上げられている。
被害の広がりと教訓
この地震では、震源域に近い伊豆半島北部の町村で家屋の倒壊や火災による被害が集中し、当時の交通・通信網も寸断された。地震発生が早朝であったことも、逃げ遅れによる犠牲者を増やす一因になったとみられる。丹那トンネルの被害に加え、周辺の道路や水道などのインフラも大きな損傷を受け、復旧には長い時間を要した。この地震は、関東大震災(1923年)から7年後に発生した大規模地震として、当時の防災体制の課題を改めて浮き彫りにした。
現存する丹那断層
地震により出現した丹那断層は、水平方向に最大2〜3メートルもずれる大規模な横ずれ断層であり、現在も断層の一部が保存され、地震防災学習の場として一般公開されている。
地震の呼称について
震源地に近い静岡県側では「伊豆大震災」、揺れの被害が及んだ神奈川県側では「豆相地震」と呼ばれるなど、地域によって異なる呼称が用いられてきた。
経過
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1930年11月26日
昭和5年事件・事故 伊豆半島北部を震源とする地震が発生
死者・行方不明者272人、負傷者572人を出した。
出典・公的資料
- その他
- 公的発表・広報
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「北伊豆地震」事件データベース jiken.jp、2026年8月3日閲覧。https://jiken.jp/cases/1930-kita-izu-earthquake/
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