元禄地震

発生日 1703年12月31日()
経過 発生から322年8か月
発生場所 房総半島南方沖(相模トラフ)を震源とし、房総・小田原・江戸など関東南部一帯に被害
種別 災害
状態 終結
1703年(元禄16年)12月31日未明、相模トラフ沿いの房総半島南方沖を震源として発生した海溝型巨大地震。マグニチュードは7.9から8.5と推定され、房総半島から相模湾沿岸にかけて津波と家屋倒壊により甚大な被害をもたらした。1923年の関東大震災と同型の地震とされ、隆起量など一部の指標では元禄地震の方が規模が大きかったとされる。
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地震の発生

元禄16年11月23日(1703年12月31日)午前2時頃、相模トラフ沿いの房総半島南方沖、野島崎付近を震源として巨大地震が発生した。推定されるマグニチュードは研究により7.9から8.5まで幅があるが、いずれにしても房総半島から相模湾沿岸、江戸にかけての広い範囲で激しい揺れに見舞われた。
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地域別の被害

被害は震源に近い地域ほど甚大で、小田原藩領内だけで倒壊家屋約8,000戸、死者約2,300人に達したと記録されている。諸藩からの被害報告を合計すると、房総地方で死者約6,534人、小田原藩で約2,291人、江戸府内で約340人、駿河・伊豆で約397人にのぼり、倒壊・流出家屋の合計は約28,000軒に達した。

津波被害

地震に伴い、房総半島から相模湾沿岸にかけて大規模な津波が発生した。熱海では波高が7メートル程度に達し、当時約500戸あった人家のうち約490戸が津波によって流失した。房総半島の野島崎や千倉付近では8メートルから10メートル、伊豆半島東岸の一部の地形では17メートルを超える遡上高が記録されたとの報告もある。九十九里浜沿岸では、白子・長生地域だけで2,000人を超える住民が津波の犠牲になったとされる。

江戸の火災

地震発生から間もなく、江戸・小石川にあった水戸徳川家の屋敷から出火した。当初は南西の風にあおられて本郷方面へ延焼し、その後に風向きが北西に変わって本所方面まで燃え広がる大火となり、地震の揺れによる直接的な被害に加えて江戸の町に大きな損害をもたらした。

幕府の対応

幕府は特に被害が大きかった小田原藩に対し、金1万5千両を無利息・10か月賦で貸し付けて復興を支援した。地震で破損した江戸城の石垣の修復には、23の大名家が「手伝普請」として動員された。翌年には地震にまつわる根拠のない噂を取り締まる町触が出されるとともに、災異を理由とする改元が行われている。

1923年関東地震との比較

元禄地震は、1923年(大正12年)に発生した関東大震災(大正関東地震)と同じ相模トラフ沿いの海溝型地震であり、震源域が重なる「元禄型関東地震」として研究者の間で比較の対象とされてきた。地殻変動の指標である隆起量を見ると、房総半島南部で元禄地震が約3.4メートルであったのに対し大正関東地震は約2.0メートル、野島崎付近では元禄地震が約5.0メートルであったのに対し大正関東地震は約1.8メートルにとどまっており、震源域の広さや規模の面では元禄地震の方が大正関東地震を上回っていたと評価されている。

宝永地震・宝永大噴火との時期的近接

元禄地震から4年後の宝永4年(1707年)10月4日には、東海から紀伊半島・四国にかけてを震源とする宝永地震(推定マグニチュード8.4)が発生し、東海・東南海・南海の3つの震源域が連動する巨大地震となった。さらにその49日後の同年11月23日(1707年12月16日)には富士山が大噴火を起こし(宝永噴火)、噴出した大量の火山灰は偏西風に乗って江戸にまで降り注ぎ、昼間でも暗くなるほどだったと伝えられている。元禄地震とこれら一連の地殻変動との直接的な因果関係は確定していないが、元禄から宝永にかけての数年間に巨大地震と大噴火が連続したこの時期は、日本の歴史上でも特異な災害の集中期として知られている。

史料と後世の調査

房総半島沿岸には、津波の犠牲者を弔うために建立された供養塔や石碑が各地に残されており、地元の郷土史研究者らによって長年にわたり調査・記録が続けられている。千葉県郷土史研究連絡協議会が編纂した『房総災害史』など、元禄地震と津波被害を主題とした調査資料も刊行されている。

後世への影響

元禄地震による房総半島の隆起や地形変化は、その後の房総半島沿岸の地形・集落分布にも影響を及ぼしたとされる。江戸時代の記録に基づく元禄地震の被害調査は、現代の地震学において相模トラフ沿いの地震発生間隔やメカニズムを解明するための重要な史料として活用されている。

経過

  1. 1703年12月31日

    事件・事故 相模トラフ沿いを震源とする元禄地震が発生

    房総半島南方沖を震源とする巨大地震が発生し、房総・小田原・江戸など関東南部一帯に甚大な被害をもたらした。

出典・公的資料

一次資料 2件 判決文・白書・調査報告書・法令など、原典にあたれる資料を掲載しています。

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「元禄地震」事件JP、2026年9月8日閲覧。https://jiken.jp/cases/1703-genroku-earthquake/

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更新履歴

  • 2026年8月18日 初版公開

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