イージス艦衝突事故
| 発生日 | 2008年2月19日(平成20年) |
|---|---|
| 経過 | 発生から18年5か月 2013年6月12日の確定から13年1か月 |
| 発生場所 | 千葉県 野島崎沖(太平洋上) |
| 種別 | 事故 |
| 状態 | 終結 |
| 被害 | 死者 2人 負傷者 0人 |
2008年(平成20年)2月19日未明、千葉県野島崎沖の太平洋上で、海上自衛隊のイージス艦「あたご」が新勝浦市漁業協同組合所属の漁船「清徳丸」と衝突し、清徳丸は船体が2つに裂けて沈没した。清徳丸に乗っていた親子2人が行方不明となり、約3か月後に死亡認定された。防衛省の調査で、あたご側の見張り不十分と回避措置の遅れが要因と指摘され、防衛大臣が給与返納するなど計88人が処分された。当直士官2人が業務上過失往来危険などの罪で在宅起訴されたが、2011年に横浜地方裁判所は無罪を言い渡し、その後も無罪が維持された。
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事故の経過
2008年2月19日午前4時7分頃、千葉県野島崎沖の太平洋上で、海上自衛隊の「あたご」型ミサイル護衛艦「あたご」(基準排水量7,700トン、乗組員281名)と、新勝浦市漁業協同組合所属の漁船「清徳丸」(総トン数7.3トン、乗組員2名)が衝突した。清徳丸は船体が2つに裂けて大破・沈没し、乗っていた吉清治夫さん(当時58歳)・哲大さん(同23歳)親子が行方不明となった。海上自衛隊・海上保安庁による大規模な捜索が行われたが発見には至らず、行方不明から約3か月後に2人の死亡が認定された。
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事故原因と処分
防衛省の調査により、あたご艦全体の見張りが適切でなく、回避義務のあったあたご側の回避措置が十分でなかった可能性が高いとされ、当直士官が艦橋で見張りの全般的な指揮・判断を誤ったことが衝突の直接的な要因と結論づけられた。防衛省は海上幕僚長を退任させたほか、石破茂防衛大臣が給与2か月分を返納し、事故当時の艦長を更迭するなど、計88人を処分した。第3管区海上保安本部は当直士官2人を書類送検し、横浜地方検察庁は2009年4月に業務上過失往来危険などの罪で在宅起訴した。しかし2011年5月11日、横浜地方裁判所は「あたご側に回避義務はなかった」として2被告に無罪を言い渡し、検察側の控訴も退けられて無罪が確定した。
情報開示をめぐる問題
事故後の対応をめぐっては、防衛省・自衛隊が衝突の何分前に清徳丸を視認していたかという情報の開示にも問題が指摘された。当初、防衛省側は衝突の「2分前」に視認したと説明していたが、実際には少なくとも「12分前」の時点で視認が可能だったとする情報を得ていたことが後に判明し、初期説明との食い違いが明るみに出た。この情報開示の遅れ・不正確さは、衝突そのものの過失以上に組織的な隠蔽体質として批判を招き、防衛省の危機対応・情報公開のあり方に大きな課題を残す結果となった。事故を受け、海上自衛隊では見張り体制や艦橋・戦闘指揮所間の連絡体制に関する教育訓練の見直しが行われた。
経過
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2008年2月19日
平成20年事件・事故 あたごと清徳丸が衝突、清徳丸が沈没
清徳丸に乗っていた親子2人が行方不明となった。
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2008年2月27日
平成20年その他 事故当時の艦長を更迭
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2009年4月
平成21年起訴 当直士官2人を業務上過失往来危険などの罪で在宅起訴
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2011年5月11日
平成23年判決 横浜地方裁判所が2被告に無罪を言い渡し
回避義務はなかったと判断した。
横浜地方裁判所
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2013年6月12日
平成25年判決 東京高等裁判所が検察側控訴を棄却し無罪が確定
東京高等裁判所
出典・公的資料
一次資料 1件 判決文・白書・調査報告書・法令など、原典にあたれる資料を掲載しています。
- その他
- 調査報告書
- その他
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「イージス艦衝突事故」事件データベース jiken.jp、2026年7月29日閲覧。https://jiken.jp/cases/2008-aegis-atago-collision/
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更新履歴
- 2026年7月16日 初版公開
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