山形一家3人殺傷事件 通称: 飯豊町一家3人殺傷事件

結末 2013年1月、仙台高裁が検察・被告双方の控訴を棄却し、無期懲役(求刑は死刑)を維持。男はその後、服役している

発生日 2006年5月7日(平成18年) 2006年(平成18年)の事件 / 5月7日に起きた事件
経過 発生から20年5か月
発生場所 山形県 西置賜郡飯豊町
種別 殺人
状態 判決確定
被害 死者 2人  負傷者 1人
2006年(平成18年)5月7日未明、山形県西置賜郡飯豊町椿でカメラ店を営む一家の住宅に、近くに住む会社員の男(当時24歳)が刀を持って侵入し、父(当時60歳)と長男(当時27歳)を殺害し、母(当時54歳)に重傷を負わせた事件。一審の山形地裁は、男が子どものころ長男から受けたと認定した性的暴行が犯行に影響したことを否定できないとして、死刑の求刑に対し無期懲役を言い渡した。仙台高裁も2013年に検察・被告双方の控訴を棄却し、男は無期懲役の刑に服している。重傷を負った母はのちに警察庁の講演会で、裁判への思いや民事の賠償がほとんど支払われていない現状を語った。
山形一家3人殺傷事件を象徴する概念イラスト
※イメージ画像(生成AIによる概念イラストであり、実際の現場・関係者を写したものではありません)

未明の住宅で起きた事件

2006年(平成18年)5月7日午前4時前、山形県西置賜郡飯豊町椿で、カメラ店を経営する男性(当時60歳)方に刃物を持った男が押し入り、就寝中だった男性と妻(当時54歳)、長男(当時27歳)を襲って逃走した。男性と長男が死亡し、妻も脳挫傷などの重傷を負った。司法解剖の結果、男性は臓器損傷による失血死、長男は多発臓器損傷による失血死だった。 山形県警は殺人事件として長井署に捜査本部を設け、同日、山中にいた飯豊町の会社員の男(当時24歳)を殺人の疑いで逮捕した。男は手にけがをしており、「私がやりました」と認めた。近所の人によると、男は一家の遠い親戚にあたるという。男は、夫婦の寝室とは知らずに入ったと供述した。

動機をめぐる認定

一審判決によれば、男は長男を殺害する目的で一家の住宅に玄関から侵入し、刀で父と長男を刺して殺害し、母も刺して殺害しようとした。検察側は、男があらかじめ刃物を研いで殺傷能力を高め、軍手やサングラスを用意していたことなどを挙げ、計画的な犯行だと主張した。 報道によれば、男は小学4年のときに長男から性的暴行を受けており、公判では、この体験とPTSD(心的外傷後ストレス障害)が犯行にどう影響したかが争われた。争点は、動機と殺意、計画性、PTSDへの罹患と責任能力、自白調書の任意性と信用性、凶器が銃刀法の対象にあたるかどうかなど多岐にわたった。男は夫妻に対する殺意を否認した。

一審・山形地裁の無期懲役判決

検察側は死刑を求刑した。2007年5月23日、山形地裁の金子武志裁判長は、男に無期懲役を言い渡した。判決は「犯行に10年以上前の性的暴行が大きく影響していることは否定できない。被告は比較的若く、更生の余地は残されている」と理由を述べた。PTSDについては「少なくとも疑われる症状はあった」としたうえで、「冷静な思考を保っており、計画性があった」として、刑事責任能力は問えると判断した。 判決後、遺族は「無期懲役という結果は残念でならない」と語った。検察側と男の側の双方が控訴した。

控訴審と刑の確定

控訴審は仙台高裁で審理された。2013年1月15日、飯渕進裁判長は無期懲役とした一審判決を支持し、検察と被告の双方の控訴を棄却した。男は同月25日付で最高裁に上告した。 検察側は上告しなかった。重傷を負った母は2024年3月、警察庁の犯罪被害者等施策講演会で、判決は一審、二審とも死刑の求刑を回避して無期懲役だったと振り返り、判決後の検事との話し合いで何度も上告を懇願したが、検事は判決文に違法がなければ上告はできないと答えたと述べた。母はこの講演で、男は現在も山形の刑務所で服役中だと語っている。

遺族が語ったこと

母はこの講演で、夫と長男が亡くなった日をゴールデンウィークの最終日だったと語り、事件当日は外がまだ暗い午前3時ごろに家の中を歩く気配に気づいたと振り返った。自身も襲われて全身に深い傷を負い、その傷跡は今も残っているという。4か月の入院を経て東京で暮らす次男のもとに移り、山形県警の被害者支援室が上京前に検察庁や被害者支援都民センターに足を運んで支援をつないだことや、控訴審では宮城県の支援センターの職員が公判に同席したことを、支えになったこととして挙げた。 母は、動機が十分に立証されないまま少年期の出来事として扱われたと受け止めており、亡くなった2人が反論できないまま裁判が進んだことへの悔しさを語った。そして、最高裁で2人の無念を伝えられなかったことに、18年が過ぎようとする今も悔いが残っていると述べた。 遺族が男の側に損害賠償を求めた民事裁判では賠償を命じる判決が出たが、講演の時点で支払われたのは1万円だけだったという。母は、殺人の被害者が賠償を受けられないまま泣き寝入りしている現状を指摘し、国が加害者に代わって一時的に補塡する制度をつくってほしいと訴えた。

審理・経過の流れ

  1. 事件・事故 2006年5月7日
  2. 逮捕 2006年5月7日 +0日
  3. 判決 2007年5月23日 +381日
  4. 判決 2013年1月15日 +2,064日

経過

  1. 2006年5月7日
    平成18年

    事件・事故 飯豊町椿の住宅に男が侵入し、父と長男を殺害、母に重傷を負わせる

    午前4時前の犯行。男は刀を持って侵入した

  2. 2006年5月7日
    平成18年

    逮捕 山形県警が近くに住む会社員の男を殺人の疑いで逮捕

    長井署に捜査本部を設置

  3. 2007年5月23日
    平成19年

    判決 山形地裁が無期懲役判決(求刑死刑)

    性的暴行の体験が犯行に影響したことは否定できないとし、更生の余地を認めた

    山形地方裁判所

  4. 2013年1月15日
    平成25年

    判決 仙台高裁が検察・被告双方の控訴を棄却

    一審の無期懲役判決を支持

    仙台高等裁判所

  5. 2013年1月25日
    平成25年

    その他 男が最高裁に上告

    検察側は上告しなかった

  6. 2024年3月14日
    令和6年

    その他 重傷を負った母が警察庁の講演会で事件と裁判について語る

    男は現在も服役中と述べた

出典・参考資料

この事件については、判決文・調査報告書などの一次資料をまだ確認できていません。以下は報道・文献などの参考資料です(出典の方針)。

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「山形一家3人殺傷事件」事件JP、2026年10月28日閲覧。https://jiken.jp/cases/2006-yamagata-iide-family-attack/

更新履歴

  • 2026年10月20日 初版公開

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