桜島の大正大噴火

発生日 1914年1月12日(大正3年) 1914年(大正3年)の事件 / 1月12日に起きた事件
経過 発生から112年9か月
発生場所 鹿児島県 鹿児島市(桜島)
種別 災害
状態 終結
被害 死者 35人  負傷者 112人
1914年(大正3年)1月12日午前10時過ぎ、鹿児島県の桜島の西山腹と東山腹で大噴火が始まった。同日夕方には錦江湾内を震源とするM7.1の地震も発生。大量の軽石・火山灰の噴出に続いて溶岩の流出が始まり、1月30日頃には溶岩が瀬戸海峡を埋めて桜島は大隅半島と陸続きになった。死者35人・行方不明者23人・負傷者112人(鹿児島県の記録)。島内の全戸数の62%が被災した。20世紀の日本で最大規模の火山噴火とされる。
桜島の大正大噴火を象徴する概念イラスト
※イメージ画像(生成AIによる概念イラストであり、実際の現場・関係者を写したものではありません)
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噴火の経過

1914年(大正3年)1月12日午前10時過ぎ、桜島の西山腹(引ノ平付近)で噴火が始まり、その約10分後には東山腹(鍋山の上)でも噴火が始まった。噴火の勢いは爆発音を伴いながら急速に増し、午前10時半頃には噴煙が5キロメートル以上に達して桜島全島を覆い尽くした。噴煙の高さは最終的に約1万メートルに及び、火山灰は遠くカムチャツカ半島まで到達したといわれる。噴火開始から約8時間後の同日午後6時半頃には、桜島と鹿児島市の間の錦江湾内を震源とするマグニチュード7.1の地震が発生し、約1時間後には小規模な津波も起きた。激しい噴火は13日夜まで約1日半続き、火砕流を伴う噴火の後、溶岩の流出が始まった。噴出した火山灰・軽石・溶岩の総量は約2立方キロメートルと見積もられている。
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被害の状況

噴火と溶岩流出により、桜島島内の集落は壊滅的な被害を受けた。島内では全戸数3,388戸の62%が被災し、東桜島村の瀬戸・有村・脇、西桜島村の赤水・横山・小池の6集落は溶岩流によって全滅した。鹿児島県の記録では、死者35人、行方不明者23人(24人とする記録もある)、負傷者112人(115人とする記録もある)に上る。このうち鹿児島市街地では、噴火当日の地震により13人が死亡した。島内では噴火直前から有感地震が相次ぎ、安永噴火の言い伝えもあって島民の多くは自主的に事前避難していたため、島民の死者・行方不明者は約30人にとどまった。その多くは、冬の海を泳いで島外へ逃れようとして溺死した人たちである。

陸続き化という地形変化

噴火に伴って大量に流出した溶岩は、1月30日頃には桜島と大隅半島の間の瀬戸海峡(幅約360メートル、水深約75メートル)を埋め尽くし、それまで島であった桜島は大隅半島と陸続きになった。この地形変化は現在まで続いており、桜島は地理的には「島」でありながら陸路で本土と行き来できる特異な火山として知られるようになった。

測候所の判断と防災上の教訓

噴火直前、鹿児島測候所(現在の鹿児島地方気象台)は、活発化していた地震活動について震源は桜島ではないとして噴火の可能性を否定しており、噴火後にこの判断が問題視された。一方で、住民の間には長年の言い伝えに基づく独自の危険予知があり、測候所の発表を待たずに避難した住民も多かったとされる。この経験は、後年の火山防災における住民主体の避難判断の重要性を示す事例として取り上げられている。

現在への継承

毎年1月12日の噴火記念日には、大正噴火の教訓を継承する総合防災訓練が官民一体で実施されている。桜島は大正噴火後も昭和噴火(1946年)をはじめ活発な火山活動を続けており、現在も気象庁が24時間体制で監視を行う日本を代表する活火山の一つとなっている。

経過

  1. 1914年1月12日
    大正3年

    事件・事故 桜島の西山腹・東山腹で大噴火が始まる

    同日午後6時半頃には錦江湾内を震源とするM7.1の地震が発生。死者35人・行方不明者23人・負傷者112人(鹿児島県の記録)。

  2. 1914年1月30日
    大正3年

    その他 溶岩が瀬戸海峡を埋め、桜島が大隅半島と陸続きになる(1月30日頃)

    東山腹から流出した溶岩が幅約360メートルの瀬戸海峡を埋めた。

出典・公的資料

一次資料 2件 判決文・白書・調査報告書・法令など、原典にあたれる資料を掲載しています。

  • 調査報告書
    内閣府「災害教訓の継承に関する専門調査会」報告書
    噴出総量約2立方キロメートル、島民の死者・行方不明者約30人と鹿児島市街地の地震による死者13人、20世紀最大の火山災害との位置づけを確認
  • 調査報告書
    内閣府「災害教訓の継承に関する専門調査会」報告書
    噴火の時系列、死傷者の内訳(表2-7)、島内家屋の被災率、瀬戸海峡の閉塞時期・幅を確認。内閣府防災担当の公式報告書。
  • その他
    ウィキペディア日本語版
    噴火規模・噴出量・広域降灰の記述、測候所の対応を確認の起点として使用し、内閣府報告書で裏取り。

さらに調べるには

資料の探し方や引用の書き方は調べ学習・レポートでの使い方にまとめています。

日頃の備え

噴火では、離れた地域でも火山灰が降ることがあります。登山の際は気象庁の噴火警戒レベルを確かめてから出かけることが勧められています。

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「桜島の大正大噴火」事件JP、2026年10月27日閲覧。https://jiken.jp/cases/1914-sakurajima-taisho-eruption/
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更新履歴

  • 2026年9月28日 内閣府報告書に基づき、死傷者数(死者58人→死者35人・行方不明者23人)、地震の震源、噴火開始地点、瀬戸海峡の幅と閉塞日、降灰範囲、家屋被害の記述を訂正
  • 2026年9月1日 初版公開

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