佐賀県の殺人事件一覧(5件)|詐欺・経済事件、災害、その他
佐賀県で発生した事件を発生日の新しい順に掲載しています。
5 件
-
令和元年佐賀豪雨
2019年8月27日から28日にかけて、停滞した前線の影響で佐賀県を中心に降った記録的な大雨。8月28日早朝には佐賀・福岡・長崎の3県に大雨特別警報が出され、六角川や牛津川の流域で広い範囲が浸水した。死者は佐賀県で3人、全体で4人にのぼった。杵島郡大町町では浸水した鉄工所から焼き入れ油が流出して住宅や農地に広がり、近くの病院が入院患者を抱えたまま孤立した。この事故を受けて消防庁は全国の危険物施設に風水害対策の徹底を求めた。
-
佐賀入院患者射殺事件
2007年(平成19年)11月8日朝、佐賀県武雄市の整形外科病院の病室で、入院中の男性(当時34歳)が、指定暴力団道仁会系の組員の男(当時61歳)に拳銃で撃たれて死亡した事件。男は、道仁会と対立する九州誠道会の関係者と間違えて、暴力団と関係のない男性を撃った。佐賀地裁は2008年6月に懲役24年としたが、福岡高裁は2009年2月に一審判決を破棄して無期懲役を言い渡し、2010年3月に最高裁が上告を退けて確定した。一般市民が抗争に巻き込まれた例として国会でも繰り返し取り上げられ、2012年の暴力団対策法改正の審議でも言及された。
-
佐賀銀行デマメール事件
2003年(平成15年)12月、佐賀銀行が倒産するという事実無根の内容の携帯電話メールがチェーンメールとして広がり、12月25日、佐賀銀行の窓口やATMに預金を引き出そうとする客が殺到する取り付け騒ぎが起きた。同行の経営は健全だった。流出額については、前年同日比で約180億円の引き出しと3万2000件の取引があったとする研究と、約500億円が引き出されたとする地元紙の記録がある。騒ぎは翌日には沈静化した。メールの発信元となった女性は信用毀損の疑いで書類送検されたが、犯意や騒ぎとの因果関係の認定は困難として嫌疑不十分で不起訴となった。
-
佐賀女性7人連続殺人事件
1975年(昭和50年)から1989年(平成元年)にかけて、佐賀県杵島郡北方町(現・武雄市)を中心とする半径約20キロの範囲で、女性7人が相次いで行方不明となり遺体で発見された。7件中6件の被害者が水曜日に失踪していたことから連続性が指摘された。2002年、最後の3件(北方事件)について男性1人が逮捕・起訴されたが、佐賀地方裁判所は2005年5月に無罪を言い渡し、2007年3月の福岡高等裁判所判決でも無罪が支持されて確定した。判決は物証の乏しさを指摘し、取調べで作成された上申書の証拠価値を否定している。7件はいずれも解決に至らないまま公訴時効を迎えた。
-
佐賀の乱
1874年(明治7年)2月、佐賀県の士族が、前参議の江藤新平を首領とする征韓党と、元秋田県令の島義勇を首領とする憂国党を中心に起こした反乱。2月16日に佐賀城(当時の県庁)にいた熊本鎮台の兵を攻撃し、鎮台兵は城を脱出したが、内務卿の大久保利通が全権を委ねられて率いた政府軍に敗れ、政府軍は3月1日に佐賀城に入った。陸軍の公式戦記によると、政府軍の死傷者は358人(死者184人)、反乱側の死傷者は323人とされる。江藤と島は捕らえられ、4月13日に梟首(さらし首)の刑に処された。のちに罪名は消滅し、2人には位が贈られた。
- スポンサーリンク
出典: https://jiken.jp/pref/saga/(2026-10-30 取得)/ 事件JP